前回ざっくりと書き連ねた休んでいる間に起こった事の、伝えたい事を掘り下げたいと思ってます。


2024年1月1日。

能登震災発生。


この時、自分は休日出勤で名古屋の事務所にいました。

隠す事でもないので白状すると、自分は名古屋市上下水道局に勤めています。

入局以来、阪神淡路から何度か震災復興で現地に行った経験があります。

直感的にこれは行くと確信しました。


嫌な予想は当たるもので、翌日には順番にはなるが派遣の準備をする様にと上司から支持がありました。

翌日の1月2日には後輩が、まず先遣隊として派遣されて行きました。

災害支援で人が減るけど、普段の業務が減る訳でもなく。

その分、仕事は増えていく。

同期や上司が続き、自分の番が来たのは2月の始めでした。


先に行った人達からの情報があったとは言え、聞かされるのは過酷な状況。

何より冬の日本海の寒さは用心しろと。

名古屋からは、まだJR管轄だった特急しらさぎで金沢駅まで移動。

金沢はほぼ無傷に感じる。

そこから七尾線に乗り換えて、拠点のある七尾駅までは鉄道で来れた。

ここまで来ると、崩壊した家屋や山肌が見えてくる。

気の毒で写真を撮る気にもなれない。


一月ほどが経過しているので、七尾のコンビニはいくつか営業を始めたらしいが、この先はほぼ買える店が無い。

特に野菜類が手に入らないと引き継ぎで伝えられた。

あと、トイレ。

トイレは入れる時に入らないと、珠洲では探す事になると。


七尾駅前のドン・キホーテは営業を始めていて、ここで食料や備品を揃える事ができた。

そのビルの前のタイルは大きく割れていて、地震の大きさを感じた。