活動初日は、七尾市内の拠点から珠洲市へ向かうところから。

我々の市は七尾市と珠洲市を受け持っている。

自分は給水隊に配属されている。


日本海に突き出た能登半島だが、七尾にはほとんど雪が積もらないそうだ。

新潟の様な豪雪を想像していたけど、感覚としては名古屋の寒い日くらいに似ている。

とはいえ、タンク車は霜が降りて凍っている。


阪神大震災以降も何度か各地の震災復興に行って来たけど、今回の派遣で画期的だと感じた事が幾つかある。

その一つが、連絡がSNSを活用して行われた事。

昔は朝に基地局に全員が集合して、各班へその日の作業が割り振られて渡された地図を片手に現場に出掛け。

作業が終わると基地へと帰所し本部へ報告して、次の指示を受け取るまで待機する感じだった。

それが、今回は全て各個人のスマホに直接、地図も作業内容も送られて来る。

本部への連絡も、現地の状況報告や作業完了の報告も全てだ。

そもそも本部自体が、ほぼ無傷の金沢に置かれている。

情報も指揮系統も一括管理。

時間や労力の効率が格段に向上したのを実感できた。


しかし、一月過ぎても道路状況は極めて悪い。

能登半島の主要道路である、のと里山海道が壊滅的な被害を受けている。

そもそも能登の交通は、この里山海道一本にほぼ頼り切りだった。

崩落や土砂崩れが随所で起こり、最優先で復旧工事が進められているがその規模も距離も想像を絶するものだった。

この後の5月にも訪れるのだが、それでも全面復旧には至っていなかった。


朝の6時に七尾市を出て2時間ほど海岸沿いを走り続け、穴水町に入る手前のコンビニで食料を調達できた。

海は波もなく穏やかで景色はとてつもなく美しい。

だが陸側に目を向けると、片側1車線の道路が延々と続く傍らで崩壊した家屋が時折間に入り、ほとんどの家の屋根にはブルーシートで気休めの雨対策がなされている。

路面のクラックや段差はアスファルトで補修されてはいるが、油断して減速せずに通過すると車が壊れるんじゃないかと思う様な衝撃が来る。

特に橋は10センチとかザラに大きく浮き上がり、新しい法面が作られている程だ。

新しく黒光りするラインが、その段差の目印になっている。

何時間も走り続けるが速度は上がらず、時折ある信号で渋滞に捕まる。

通れる道がそもそも少ないので、我々の様な支援車両だけじゃなく物資を運ぶ車も住民もボランティアもそこに集中する。

崩落したトンネルや谷を避けると更に時間がかかる。

遅い遅いと批判され続けた能登復興ですが、その一つが現地に辿り着けない事。

作業に従事した者は、誰1人として漫然と過ごしていた訳じゃない。

全力で走り続けても、これが限界であり現実であったのを知ってもらいたい。

そんな報道を見るたびに、俺は悔しかった。


走り続けて、遠くに見附島が見えてきた。

大きく崩落したらしいが、この交差点からでは確認できなかった



珠洲市に入り、そのまま最初の給水ポイントの病院に辿り着いたのは昼を過ぎていた。