"信長から家督を譲り受けていた嫡男の信忠も、京で討ち取られていた。
それにより、空位となった織田家当主を即座に選ぶ必要に迫られていた。
選出は柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興の4人の重臣による合議制にて決められられる事になった。
また本来出席する予定だった滝川一益は東国にいて、この会議までに戻る事ができなかった。
"候補となったのは二人。
ひとりは織田信雄。
信長の次男で、信忠からは同母の弟にあたる。
もうひとりは織田信孝。
信長の三男で、先の明智光秀討伐軍の総大将として、幕下の羽柴秀吉が光秀の身印を上げた事で織田家の面目を保った功績があった。
信孝を推したのは、丹羽長秀と柴田勝家。
特に長秀は、光秀討伐軍の総大将を固辞し信孝に手柄を譲っている。
対する信雄を推したのは秀吉。
後継者選びでも勝家の独壇場になれば、今後の織田家でも実権を握りかねない。
秀吉としてもそれを阻止したかったのが見え隠れする。
だが、池田恒興は態度を決められずにいた。
このままでは信孝で話が決まってしまう。
秀吉がこれを黙って認めるはずがない。
更なる一手を放つ。