刀剣を趣味とすることで、当時の人物や歴史の背景に触れることができ、幅広い知識や感性を身につけることができます。

私達が普段何気なく使っている手入れ油も古い時代は何を使っていたのかと想像することは刀をより理解するうえで大切なことです。

しかし、丁子油や手入油として流通している油の素材や効能についてあまり語られることはありませんでした。

油は植物油、動物油、鉱物油の三つに大別しできます。



  植物油の代表格は椿油であり乾燥しない性質を持ちます。

ゴマ油、菜種油、桐油などは乾燥する油で防水や塗料の基材として利用されました。

接着剤のくすねは松脂にゴマや菜種の油を添加することで乾燥後硬化します。

乾燥しない椿油は塗布後、拭き取ることが容易なため、刀剣の錆止めや髪油として最適です。

奈良時代には中国の使者が帰国時に椿油を欲しがったという。
 

 動物油のうち鯨油は欧米の産業革命期に灯油や機械油に使用されました。

鯨は深海に潜るため油が凍らない特性があり、工業用として乱獲されたのです。

牛脂や豚脂は防水用として銃器の薬包に塗られました。

インド兵の大反乱は牛を神聖視するヒンズー教徒や豚を忌避するイスラム教徒が牛や豚の油脂が塗られた薬包の使用を強制した宗主国英国への反感がきっかけとなりました。


 鉱物油は石油の精製過程から揮発油、マシン油、パラフィン等が得られます。

高純度の精製でワセリンなどが得られ、薬品や化粧品、工業用まで幅広く利用されています。

人工高分子化合物であるシリコンは、潤滑剤や撥水剤として広く普及しています。



 ○手入れ油の現状


油は精製度が高いほど無色無臭であり、流動性が高いのです。

現在普及している手入れ油は植物油である丁子油と鉱物油である手入れ油の2種に大別できます。

鉱物油は無色無臭で安価なため普及度が高く、丁子油や椿油の愛用者は一家言持つ愛刀家が多い。

シリコンは安価なため、手入れの頻度が高い博物館でも使用しています。

丁子油はその名称に権威があり、手入れ油すなわち丁子油という使われ方がされ、丁子油でない鉱物油にも丁子の文字を冠することがありました。

丁子油の製品化は寛永年間にさかのぼります。

丁子はインドネシアのモルッカ諸島原産の植物です。


モルッカ諸島

モルッカ














つぼみが釘の形をしているので丁子、丁香と呼びます。



丁子の実

丁子




主成分はオイゲノールで抗酸化作用と抗菌、鎮静、痛み止め、胃痛に効能があり甘い香りがします。

スパイスとして食用にも利用されました。

歯痛に効くので年配者は歯医者の匂いと呼ぶこともあります。

丁子は正倉院に伝世しています。


 戦国大名は南方貿易でジャコウ、丁香、龍脳、伽羅、沈香、白檀を求めました。

朱印船の海図にはモルッカ島を丁香山と明記し、英国やオランダと並んで丁子の争奪戦に参加したことがうかがえます。

当時英蘭の大船団は南方のスパイスを独占することで莫大な利益を得ると同時に香りの文化をヨーロッパにもたらしました。

当時の先進国は香りを楽しみ、薬効を分析し医学を発展させたのであり、それは日本も同じでした。

 長崎奉行牛込忠左衛門はこれら香薬の精油輸入による銀の流出を憂い、和蘭通詞6名に丁子を含む10種の香薬を精油化する技術を和蘭人から習得させました。

これが水蒸気蒸留法による精油国産化の始まりでした。


研究の大要は「紅毛流油製法図記」にまとめられ普及しました。
 

 泉州堺で始まった丁子油の製造は一子相伝が守られ、幕末には6軒が独占的に丁子油を製造販売していました。

一番古い家が岡村瑞碩を祖とする岡村家です。岡村家では今も一子相伝を守り、製法は明らかにしていません。


岡村家の丁子油広告には「きりきず・痔・歯痛・火傷・ひびあかぎれ・婦人の顔に塗る・媚薬・ほうそう・髪に毛を黒くする・熱病・風邪・その他」と多くの効能をあげ、庶民にも普及していきました。


これだけ見るとすごい万能薬ですね・・・。



泉州佐野は廻船業を営む「飯」と「唐金屋」の本拠地であり諸国物産を集積する蔵屋敷があった関係で、薬種の供給が容易であり油屋も多かったようです。


佐野、堺間は※6里で紀州街道を徒歩半日の距離でした。

※1里は今の3.9kmです。



現在、泉州佐野の丁子油を現在に復活させる動きがある。その歴史的な背景をもとに復活させた昔ながらの製法で作られた丁子油がこれである。


泉州佐野山本安謹製 丁子油


丁子




当初薬用や化粧用であった丁子油が刀剣の手入れ用になった前後は不明ですが、次のことが推測できます。

 匂いを楽しむこと、実用としての薬効や防錆効果が武士の琴線に触れたのかもしれません。

武士は当時のインテリであり秀吉、家康が愛して止まなかった香薬への愛着もあったでしょうし、切り傷の治療や痛み止めに対処できること、大切な差し料を清浄に保て、手入れ時に冷静になれる等の安心感もあった。

前夜の手入れで丁子の香りに鎮静し、明日の決起を断念した武士もいたかも知れません。


 日本刀は単なる工業製品ではありません。

シリコンで空気を遮断し、錆を防ぐという行為が手入れというならば寂しい限りです。



 丁子油は椿油と丁子の精油を混合したものであろうことは容易に想像できます。

製法はさておき、刀剣業界が手入れ油に理解を示し、本来の手入れ法を啓蒙することは業界発展と無関係ではないと信じています。



重複になりますが、皆様も自分の愛刀など手入れされる際は是非、丁子の香りを嗅ぎながらその当時の武士の姿を想像して、今自分は昔の作法にのっとり茶道や華道のように文化的な事を行っているのだと思いながら刀剣の手入れを行って頂ければ嬉しく思います。



引用図書「東西香薬史」山田憲太郎著

引用画像 ウィキペディア





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