駅の裏手にある乙女峠を登り、
乙女峠マリア聖堂へと向かいます。
乙女峠マリア聖堂は、キリシタン殉教者の方々を追悼するため
ドイツ人神父によって建てられました。
ここから約200m登った場所にあります。
谷あいには、木漏れ日と谷川の音だけ。
この乙女峠には明治初期まで光琳寺という
お寺がありました。
明治元年から6年まで153名の長崎浦上のカトリック信者が
信仰のためにこのお寺に収容され、
彼らは4年の間信仰を改めるようにと
筆舌に尽くせぬ辛酸をなめさせられました。
そのうち54名は棄教、
信仰を忠実に守りとおした信者の中には
困難な生活と残酷な拷問のために
殉教の死を遂げた方が36名いました。
信者の一人、安太郎氏は三尺牢に入れられ
そこでマリア様の出現を賜って死の前に強められ
励まされたそう。
そして明治6年、宗教の自由が宣告され
生き残った信者は故郷・長崎へ帰郷したのです。
教科書には載っていない
決して繰り返してはいけない
残酷な日本の歴史がここにはありました。




