ブルネレスキは、大聖堂のドーム工事を進める傍ら、他の建築の設計と造営に携わっており、1419年頃にオスペダーレ・デッリ・イノチェンティを設計し、1429年にはサンタ・クローチェ聖堂のパッツィ家礼拝堂、1432年にはサント・スピリト教会を設計した。サント・スピリト教会は、ブルネレスキの古典主義に対する考えを最も忠実に表現している。
1445年には、フィレンツェの事実上のシニョーレであったコジモ・デ・メディチからメディチ邸(メディチ=リッカルディ宮殿)の設計を依頼されたが、ブルネレスキが豪壮な邸宅模型をコジモに贈呈したため、コジモの着想と合わずブルネレスキによる建築は見送られる事となった。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の頂頭部工事の最中、1446年に他界し、大聖堂に葬られた。
フラワーインテリアの良さももっとたくさんの方に知ってほしいので、見てくださった方はクリックお願い致します♪