ドキュメンタリー映画『オオカミの護符』を観た。川崎市宮前区に伝わるオオカミのお札にまつわるドキュメタリー作品で、護符はやがて山岳信仰を背景としたオオカミ崇拝へと繋がってゆく。民俗学的問題を生活者の視点から丁寧に描いていて好感が持てた。映画の後、監督である油井英氏と、映画の語り部でプロデューサ-の小倉美恵子氏、民俗文化映像研究所の所長である姫田忠義氏のトークがあったが、その中で監督が新たに多摩川河口部の漁民の生活について新たなインタビューを行っていると聞いて合点する所があった。というのも山岳信仰はその基礎に、定住する農民の垂直な運動性が秘められているとかねてから私は考えていたからで、その垂直の運動性は山へ登る、里へ下りるといった運動性と相まって統治機構のヒエラルキーへと変容するのではないかと考えているからだ。これを日本人の心の深層の縦軸とするなら、漁民の漂流するその拡散して行く横への運動性は、心の横軸と考えている。この二つの運動が複雑に絡み合って日本人の深層的な気質を形作っているとおもうのだがどうなのだろうか?
ちなみに私は東京調布の深大寺の護符がお気に入りである。それはこんな感じである。