家守綺譚 (新潮文庫)/梨木 香歩

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梨木さんに『家守綺譚』という素敵な作品がある。古い民家にヤモリがまるで家を守るかのように住み着いているというのだ。昔から私たちは家屋に住む小動物たちを、その家の守り神、ヌシとして大切にしていた。あるときは屋根裏に住み着く大蛇であったり、軒下にすむ蝦蟇だったり...そんな家に住み着く動物たちを民俗学的背景とともに紹介したのが野本寛一著『共生のフォークロア•民俗の環境思想』という本である。最近書名を改め講談社から『生態と民俗 人と動植物の相渉譜』として再版された。残念なことにまだ未読なのだが、著者自らが、講談社のPR雑誌『本』の中で語っている所によると、家屋敷のヌシと言えばやはりヒキガエル、ガマガエルの類いが多くて、古語で谷蟆(たにぐく:ぐくは鳴き声のグクの変容したものとも、潜るが変化したものともいわれる)とよばれるそれは、古来『万葉集』にも詠まれるほど私たちには馴染みのものだったのであるが、近年その姿を生活の場所で見ることは少なくなった。
私の住まいは、高台にあるので都会ではあるが夜になると遠くの水田からわずかながらに蛙の鳴き声が聞こえる。そんな声に耳を澄ますと、斉藤茂吉の
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかわづ天に聞ゆる
の句が思い起こされる。そんな梅雨時、数年前にみた谷蟆のことが思い出された。私の家のある高台は昔からの住人が多いためか、新興住宅地としての開発を免れた家屋敷が多いのだが、そんな屋敷も相続の関係でぽつぽつと更地にされて、数ヶ月後には土地を分割した上でハーモニカのような建て売りが建つのが昨今なのだが、そんな一軒。老夫婦がすむ日本家屋が取り壊されたある日、ユンボで引きちぎられた家屋の、まるではらわたをむしりだされたかのような惨状に、早朝出会った私は、そぼ降る梅雨の雨の中に一匹の老いた蝦蟇を見つけた。家主の名を刻んだ御影のはめ込まれた、大谷石の巨大な門柱は引き倒されその陰に、長年住み慣れた家屋を追われた蝦蟇の姿を。住人の老夫婦は既に転居し、ひとり家守、ヌシとして家屋を守ったであろう彼は、私が見ている半時あまり、ただ門柱に添うかのように、すっくと顔を持ち上げてそこにたたずんでいたのであった。
そして、再び昼時にその家屋の前を通りがかった私は、路上にひき殺された彼の姿を見たのであった。無人となった家に殉じた彼の姿は今でも私のまぶたにくっきりと焼き付いているのであった。そして細かな雨の降るよるに、遠田の蛙の声とともにその在りし凛々しい姿が思い起こされるのだ。
生態と民俗 人と動植物の相渉譜 (講談社学術文庫 1873)/野本 寛一

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梨木さんに『家守綺譚』という素敵な作品がある。古い民家にヤモリがまるで家を守るかのように住み着いているというのだ。昔から私たちは家屋に住む小動物たちを、その家の守り神、ヌシとして大切にしていた。あるときは屋根裏に住み着く大蛇であったり、軒下にすむ蝦蟇だったり...そんな家に住み着く動物たちを民俗学的背景とともに紹介したのが野本寛一著『共生のフォークロア•民俗の環境思想』という本である。最近書名を改め講談社から『生態と民俗 人と動植物の相渉譜』として再版された。残念なことにまだ未読なのだが、著者自らが、講談社のPR雑誌『本』の中で語っている所によると、家屋敷のヌシと言えばやはりヒキガエル、ガマガエルの類いが多くて、古語で谷蟆(たにぐく:ぐくは鳴き声のグクの変容したものとも、潜るが変化したものともいわれる)とよばれるそれは、古来『万葉集』にも詠まれるほど私たちには馴染みのものだったのであるが、近年その姿を生活の場所で見ることは少なくなった。
私の住まいは、高台にあるので都会ではあるが夜になると遠くの水田からわずかながらに蛙の鳴き声が聞こえる。そんな声に耳を澄ますと、斉藤茂吉の
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかわづ天に聞ゆる
の句が思い起こされる。そんな梅雨時、数年前にみた谷蟆のことが思い出された。私の家のある高台は昔からの住人が多いためか、新興住宅地としての開発を免れた家屋敷が多いのだが、そんな屋敷も相続の関係でぽつぽつと更地にされて、数ヶ月後には土地を分割した上でハーモニカのような建て売りが建つのが昨今なのだが、そんな一軒。老夫婦がすむ日本家屋が取り壊されたある日、ユンボで引きちぎられた家屋の、まるではらわたをむしりだされたかのような惨状に、早朝出会った私は、そぼ降る梅雨の雨の中に一匹の老いた蝦蟇を見つけた。家主の名を刻んだ御影のはめ込まれた、大谷石の巨大な門柱は引き倒されその陰に、長年住み慣れた家屋を追われた蝦蟇の姿を。住人の老夫婦は既に転居し、ひとり家守、ヌシとして家屋を守ったであろう彼は、私が見ている半時あまり、ただ門柱に添うかのように、すっくと顔を持ち上げてそこにたたずんでいたのであった。
そして、再び昼時にその家屋の前を通りがかった私は、路上にひき殺された彼の姿を見たのであった。無人となった家に殉じた彼の姿は今でも私のまぶたにくっきりと焼き付いているのであった。そして細かな雨の降るよるに、遠田の蛙の声とともにその在りし凛々しい姿が思い起こされるのだ。
生態と民俗 人と動植物の相渉譜 (講談社学術文庫 1873)/野本 寛一

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