以前ぬちゃについて書いたが、その最後に「願わくば今度の大波でそのタイドプールが崩れ、ぬちゃが大海で自由に泳ぎだしますように」との些細な願いを書いた記憶がある。
過日の台風で真鶴半島近辺に被害があったとの報道を見て、久しぶりにぬちゃに逢いに出かけた。途中の西湘バイパスは橋脚がくずれ、真鶴周辺の道路も海岸部は被害を受けている様子が見て取れた。被害を受けた関係者にはお悔やみ申し上げる。さて、ぬちゃが住む、観音さまの入り江だが、やはり高波に洗われたとみえ、地形が変わっていた。大波は観音さまの祠近くまで達し、地面の土が抉り取られ、祠の脇の松の大木が倒れていた。いよいよ荒廃の色を濃くしているような風情だが、観音さまは潮に吹かれ心なしか落ち着いた表情であった。で、件の人工構造物であるが、やはり台風の大波に激しく打ち付けられたようで、中央部が崩れ外海の波が入り込んでいた。その広いタイドプールには、ほとんどぬちゃはいなくなっており、つれあいと目を皿のようにして探したものの、ようよう2匹が確認されたのみであった。こうして、私のささやかな願いは成就した。
そのぬちゃのいなくなった入り江は、もはや邪気もなくただただ自然の様相を呈していたのだった。いつか波が今度は観音さまの祠を洗うような気がするが、そのときまで、真鶴を訪れることがあったら、様子を見に来ようと考えている。ぬちゃのいなくなった観音さまはぬちゃを追って海へと旅たとうとしているようにも見え、その日はそんなに遠くないように思えてならない。
帰りに、ぬちゃの自由を祝って、山中にある「からみもち」屋でからみもちを食した。ここのもちはつきたてで、それが辛味のある大根おろしと相性が良く、絶品である。「からみもち」の「み」の字が異常に小さく表示されているのが、前から気になっていたのだが、店の人によると特段意味はないとのことであった、が、小さい「み」。何か意味があるに違いないと勝手に思い込み、また新しい謎を真鶴にでっち上げ、その解明を理由にこの地を訪ねる言い訳にしようとしている。ぬちゃの次は「み」が気になる。そのついでに観音様を参ろうと・・・

過日の台風で真鶴半島近辺に被害があったとの報道を見て、久しぶりにぬちゃに逢いに出かけた。途中の西湘バイパスは橋脚がくずれ、真鶴周辺の道路も海岸部は被害を受けている様子が見て取れた。被害を受けた関係者にはお悔やみ申し上げる。さて、ぬちゃが住む、観音さまの入り江だが、やはり高波に洗われたとみえ、地形が変わっていた。大波は観音さまの祠近くまで達し、地面の土が抉り取られ、祠の脇の松の大木が倒れていた。いよいよ荒廃の色を濃くしているような風情だが、観音さまは潮に吹かれ心なしか落ち着いた表情であった。で、件の人工構造物であるが、やはり台風の大波に激しく打ち付けられたようで、中央部が崩れ外海の波が入り込んでいた。その広いタイドプールには、ほとんどぬちゃはいなくなっており、つれあいと目を皿のようにして探したものの、ようよう2匹が確認されたのみであった。こうして、私のささやかな願いは成就した。
そのぬちゃのいなくなった入り江は、もはや邪気もなくただただ自然の様相を呈していたのだった。いつか波が今度は観音さまの祠を洗うような気がするが、そのときまで、真鶴を訪れることがあったら、様子を見に来ようと考えている。ぬちゃのいなくなった観音さまはぬちゃを追って海へと旅たとうとしているようにも見え、その日はそんなに遠くないように思えてならない。
帰りに、ぬちゃの自由を祝って、山中にある「からみもち」屋でからみもちを食した。ここのもちはつきたてで、それが辛味のある大根おろしと相性が良く、絶品である。「からみもち」の「み」の字が異常に小さく表示されているのが、前から気になっていたのだが、店の人によると特段意味はないとのことであった、が、小さい「み」。何か意味があるに違いないと勝手に思い込み、また新しい謎を真鶴にでっち上げ、その解明を理由にこの地を訪ねる言い訳にしようとしている。ぬちゃの次は「み」が気になる。そのついでに観音様を参ろうと・・・
