
グレアム・スウィフト, 真野 泰
ウォーターランド (新潮クレスト・ブックス)
グレアム・スウィフトの『ウォーター・ランド』は優れた小説である。イングランドの湿地帯「フェンズ」に住む家族の歴史を描いた小説である。フェンズの歴史は開発と自然の反逆の歴史である。干拓と浚渫と氾濫の歴史である。人為と自然の拮抗の歴史である。そこに、フェンズに住まう家族の歴史が重ね合わさった叙事詩である。その物語の重要な通奏低音として、フェンズに住まうウナギが出てくる。ウナギ釣りをし、わなを仕掛け、時には子供たちの遊びの格好の獲物になるウナギ。しかし、ウナギはそうした生活の場面に近しい場所に住みながらはるかかなた、サルガッソーの海へと産卵のために何千キロもの旅をする。そうしてまた、川に還ってくるのだ。スウィフトはそんなウナギに人知をを超えた悠久の歴史、フェンズの歴史を重ね合わせているようにも見える。ミニマムな事象を優しく包む目もくらむような悠久の歴史の体現者としてのウナギ。それはまさに畏怖する大きな存在である。そのウナギによせるスウィフトの関心。それは、自分さらには家族、フェンズとともにその内で生かされているといった、大いなるものとの交感の入り口なのである。
過日、河川の上流部に泳ぎに行ったとき、大きな淵があり緑の水面下に巨大な生物を見た気がした。それが、川底に沈む車のタイヤの一部であったとしても、まあ、そうなのだが、「げ!何かいるぞー」とあたかも巨大ウナギの一部が見えたかの様に振舞ったことがある。嘘である。しかし、私は、タイヤの一部が本当にウナギに見えた瞬間があったのだ。たとえそれが私の願望の投射だとしても、あの淵には巨大ウナギが似つかわしい。いまはタイヤしかなくてもいつかきっと・・・と思いながら「本当にいたんだってば!」と意地を張ったのだった。