ドジ旅人のトラブリング -38ページ目

ドジ旅人のトラブリング

ドジな旅人ブーロのTROUBLING 海外旅行記ブログ

場所など記憶が曖昧なのですが、たぶん1996年の中国内陸部でのお話~

駅で列車に乗り、対面になっている4人掛けの座席に座りました

お向かいの窓際に座る40~50代と思われる化粧っけのない女性が居て、

窓の外をずっと見つめていました

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$世界一周旅行記 トラブリング


列車がゴットンと出発するとその女性は涙を流しはじめましたしょぼん

中国の人も別れ!?故郷からの旅立ちの時!?に泣くんだと驚きました

しばらくして、その女性が赤い日本の旅券を確認しているので

ブーロ「こんにちは。日本の方ですか」と声をかけると

その女性は黙って首を振りました

少しだけ中国語で挨拶して、筆談したような気がするのですが、

もしかしたら中国残留孤児の方なのかなと感じました


苛められたり酷い環境で大変な思いをされているかもしれない

優しい中国の人に助けられて、育てられたかもしれない

当時敵国の赤子、幼児を育てた人々 国籍とか関係なく人間って優しいですね

ご両親もどうしようもない状況で愛しい我が子を置き去りにしなければならなかった事
どんなに悔しくて胸が張り裂ける思いだったでしょう

戦争は、語られる事のない一人一人の悲劇を生み出す最悪 悲惨な状況だと思います
正義の戦争なんてありませんよ

戦争を体験された方は、忘れ去りたい思い出したくもない記憶でしょうけど
人類の未来の為に語り継いで欲しいですし、

戦争を知らない世代は、どの国がとか関係なく、戦争という状況に陥ると
誰しも人間は悪魔になってしまう可能性があるということに
しっかり耳を傾け、学ぶべきだと思います

日本のシャロン(アリエル・シャロン 第15代イスラエル首相)になるのではと思える輩が
立候補していますが、なぜ人気があるのか僕にはわかりませんガーン
なんか政治家も偏ったマスコミも信用できんしな~

ペンは剣よりも強しなんて言いますが、マスコミの方々には過去軍部に利用され
嘘ばかり書きたて民衆を騙し続けた恥、過去を思い出してもらいたいものです・・・

民間にもお役人にも素晴らしい人脈を持った立派な人が居るでしょうから、
能力のない政治家は、無知の知を悟って
餅は餅屋と有能な人に頼りましょうよ~ 助けてもらいましょうよ~ 
とか思っちゃいますショック!
忘れたい ことが思い出になっている  まきばひろし

10月18日放送分の粋も甘いも ←クリックでABCラジオ ウェビオ 
下にスクロールして、右側の上から3番目の「WINDOWS MEDIA PLAYERで聴く」をクリック音譜

と~っても愉快なええ話ラブラブなので、
宜しければ、ちょっと一休みの息抜きに、電車バスの通勤通学中に、ブログ書きながら、
勉強しながら、家事しながら、お仕事しながら、聞いてみてくださいニコニコ
海外にお住まいの方、海外を長期旅行されている方、京都(関西)出身で他地域でご活躍の方も
10月24日まで聞けると思います。

$世界一周旅行記 トラブリング

ご存じない方の為に
桑原征平さんは、宮川大輔さんよりすべらない話を
ジャパネット高田社長のように語り、
日本だけでなく世界各国でイモトアヤコさんよりも過激な無茶な挑戦を行っていた、
ちょっとやんちゃで元気なアナウンサーさんです(ホンマか!?

ペルーのグッバイボーイとマチュピチュを駆け下りる競走をした事もあるそうです
(僕もグッバイボーイと一緒に駆け下りた事があります)

竹田城で「グゥ~ッバ~イ」叫びながら、一緒にかけっこしてくれないかな~走る人

征平さんみたいに、
辛い事も嬉しい事も悲しい事も楽しい事もなんでも明るく笑いに変えて話せたら良いなあ~にひひ


酸いも甘いも噛み分ける
酸っぱい物と甘い物の区別をよくわきまえて味わい、
各々のいい面も悪い面も知り尽くしているということ。
転じて、人生経験が豊富で、世事・人情によく通じていること。
また、それをもとに穏便適切な判断が出来ること
を言うそうです
昔々はじめて中国を訪れた時、

1994年だったと思うので、天安門事件の5年後の北京でのお話~

飛ぶ新鑑真号に乗って

黄山に登った後に南京から北京へ移動し、天安門の真南1km程にあったホテルに滞在してました

北京の街を散策したり、景山公園を訪れたり、自然博物館で驚いたり、

ポットになっていたりしたのですが、

お土産を探していたある日、前門大街通りのお店に立ち寄りました

なんでも鑑定団に影響されただろう父親にお土産に山水画、水墨画を頼まれていたからです

山水画の掛け軸とか扇子とかをお土産に買うと

お店のお兄さんが、どっから来たのと筆談を交え訊くので「日本 大阪」と答えると

筆談で「お父さんが日本に居た。今病気」

ちょっと来てくれと手招きとジェスチャーで御願いされお店の裏庭を通って、

お家に案内されました

お兄さんは、お家で寝ているお爺ちゃんに何か伝えています


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ブーロ「こんにちは ニーハオ 僕はブーロです」

僕の手を両手で取って、

お爺ちゃん「よー来てくれはった」

涙と涎を流しながら、

ブーロ「日本語お上手ですね。日本に住んでいたのですか?」

お爺ちゃん「大阪で鉄工所(工場)やっとったんだけど、病気になってしまって・・・」

ブーロ「凄いですね社長されてたんですか!でもお父さんお元気そうですし、故郷に戻れて、ご家族と一緒に暮らせて良かったですね」

お爺ちゃん「日本に帰りたい・・・病気になってしまって・・・悔しい・・・」と泣き出すしょぼん

少し呆けていたお爺ちゃんと小一時間お話しましたが、

なかなか上手く会話できませんでした・・・

お兄ちゃんが察してくれたのか、もう帰らないとみたいな感じになったので、

ブーロ「お父さん元気になって、また日本に来てくださいね」

お爺ちゃん「日本に行ったら、一緒に商売やろうな。あんたが社長やで」

ブーロ「とんでもありません。お父さんが社長ですよ。勉強して、お父さんと一緒に仕事できるのを楽しみにしてますから、その時はいろいろ教えて下さい。宜しく御願いします」

何がなんだかわからなかったのですが、日本語の会話などわからないであろうお兄ちゃんは、

なんでか感謝してくれたようで、お土産を貰ちゃいました

いつ、なんでお父さんは日本に行ったのだろう???

いろいろ苦労されたんだろうな・・・

お仕事を続けたかったんだろうな

どうして祖国が嫌なんだろう???

天安門事件の影響があったのかな???

とか考えてしまう不思議な体験でしたショック!