実家に帰っている時に, このブログ用のネタを保存してある父のUSBの中身を見ていたら, いくつかこのブログ開設前に書いたもの, 亡くなる前にストックとして残していたものなどがあるので, そのまま投稿することにする。これは, 2014年頃の話だ。

 

悪女について

 二男が,時々僕に小説や映画を勧めてくれるのだが,それがなかなかセンスがいいと言うのか,血が繋がっているから好みが近いのか,面白いものが多い。今回は,有吉佐和子の「悪女について」という古い文庫本。大学の関係で勧められたようでもなさそうだし,この本をどこから入手し,なんで僕に勧めたのかという意味で,「あの本どうしたの」と聞いたら,答えになっているような,なっていないような「祖母の家にあった」とだけ返事があった。祖母の家とは彼の亡き母の実家のことで,就活のために上京するときは,いつも泊めてもらっている家のことだ。彼女が読んでいたのかもしれないし,そうではないかも知れない。発売日が1983年だから,彼女が独身の頃に読んでいたのかも知れない。まだ読み始めたばかりで感想を書くには早すぎるのだが,実に面白いのだ。簡単に書くと,ある金持ちの女性が死んだ。他殺か自殺かはっきりしないので,警察がその女性の知り合いに一人ずつ事情を聴取し,どんな女性だったのかをさまざまなエピソードから聞き出していくというものなのだが,事実関係については,接していた角度の違いはあるものの,ほぼすべての証言が一致している。だが,この女性がどんな生き様をしていたかについては,とんでもない詐欺師だという人もいれば,とても素晴らしい人格者だったという人まで,そのブレ幅が広すぎて,正体が簡単に分からない仕組みになっているのだ。よく,事件や罪を犯した人について「どんな人でしたか」と聞くと,「とてもあんなことをする人とは思いませんでした」とか「何となく胡散臭い人だと思っていました」のような定番の感想が語られることが多いが,やはりあれはマスコミの意思が介在していると考えた方がよさそうだ。何から何まですべてが悪という人もいなければ,神のような善人もいないのだ。家ではとんでもない男であっても,社会的に認められていたり,極悪非道の悪人なのに,家族にだけは優しかったりする例は枚挙にいとまがない。それにしても,27人もの人の語り口から次第に明らかになってくる主人公の正体は???と今,読書に充てている通勤時間が待ち遠しいのだ。

 話が進むにつれて,「宝石」が鍵の一つになっていることが分かる。戦後間もない頃,この女性が宝石を元手に成功し,大金持ちになっていくのだが,この本を勧めてくれた二男が宝石会社に就職することになったのも何かの縁かもしれない。小説の中で,宝石が持つ魅力や価値,歴史などについても語られているから,そういう視点で読んでも面白かったのかもしれない。彼は,留学経験を活かして映画の翻訳などの仕事を第一志望にしながらも,内定をもらったのが宝石会社だったということで,少し悩んでいたが,夢を諦めるということではなく,きちんとした仕事に就きながら夢を追いかける方法もあるし,彼を気に入って請われていく会社ならば大事にしてもらえそうな気もしたので,僕としても就職を進めていたのだった。彼とすれば,宝石商というのがどんなものか知りたかったのと,父である僕にも,当面彼が働くことになる宝石業界というものを知ってもらいたいという思いもあったのかもしれない。そして,その本を今頃になって本棚から取り出させたのは,あの世からのメッセージだったのかもしれない。