聴けば聴くほどに,何歳になっても枯渇しない才能とそれ以上に凄まじい曲作りの意欲を感じるポールの新作「エジプト・ステーション」。どの曲も魅力に満ち溢れていることは,すでに書いたが,どうしても気になっていることがある。

 

   ラテン・フレーバー漂う「バック・イン・ブラジル」という曲の中に出てくる「イチバン」という叫び声だ。それも単なる叫び声ではなく,合いの手のような,聞きようによってはメロディのないコーラスのような多人数での「イチバン」コール。

 

 タモリの「空耳アワー」ではないが,本当は違う単語なのに,そう聞こえるだけだと思っていたのだが,タイトルが「バック・イン・ブラジル」だから,もしかするとポルトガル語なのだろうかと思いながら聴いていた。

 

   そうした思いで歌詞カードを見たら「ichiban」と書いてある。それでも,日本語で「そう」と同じ意味の英語「SO」みたいな単語があるくらいだから,ひょっとすると,どこかの国の言葉で「ichiban」という単語があるかもしれない。

 

   しかし,ライナー・ノーツを読むと,これは,やはり「一番」,つまり日本語だった。しかも,「日系人が世界中で一番多いと言われるブラジルでのライブで観客が叫んでいるのを耳にしたポールが気に入って採り入れたのかも」と,推測ではあるが,そんな解説までされている。アルバムを聴いたら,すぐに気づくことなので,このことについて誰か書いていないかなと思って検索したら,やっぱりあった。

 

その人が書いているように,来日公演の時にこの曲を演奏してくれたら嬉しいし,みんなで一緒に「イチバン!」と叫ぶことができたら最高だろう。それにしても,どういう歌詞なのか気になるところだ。歌詞カードには親切に日本語訳もついているので,それを読むと,映画のストーリーを数分間に集約したような内容で,ポールの才能というのは,曲作りだけでなく,歌詞の面でも稀有のものを持っているということに改めて感動した。

 

27歳で「人生とは何か」を理解し,それを簡潔明瞭に表現したポールなのだから,そんなことは,よく分かっていたつもりだったが,その後の50年間で普通の人間にはできないような人生経験を積んだポールの真骨頂とも言うべき素晴らしい内容だ。

 

そんなことを考えていたら,ポールの新作インタビューの日本語訳がネット上に掲載されているのを見つけた。この曲についての彼のコメントをそのまま引用する。

 

「ツアーでブラジルを訪れていた時,1日ぽっかりオフの日があったんだ。何も予定は入っていない。ホテルの部屋にはピアノがあったので,弾いているうちにリフが生まれ,ストーリーを考えたんだ。舞台はブラジル。その少女は未来を,世界を,夢見ていた。そしてある青年に出会い,意気投合。苦労もあれば,うまく行くこともある。彼女はデートをしたいが,彼は遅くまで仕事があっていけない・・・。そんなブラジル人の若いカップルの物語さ。ダンス調な曲調に合うブラジリアン・リズムやフレーバーを乗せたんだ。」とある。

 

うーん「イチパン」については何も言っていない。

 

ポールは日本語が堪能という訳ではないので,最近のライブではMCの時には必ず日本語の字幕をスーパーで表示してくれるのだが,大阪公演なら「イッショニ,ウタオウヤ」とか「オオキニ」,福岡では「バッテン,エイゴノホウガ,ウマカヨ」といった方言を巧みに使ってファンを盛り上げてくれるし,彼自身もファンのリアクションを楽しんでいる。

 

どこのライブだったかは忘れたが,確か「サイコー!」とも言っていた。そんなノリの中で,「イチバン!」という言葉を覚えたのだろうが,ポールのニュー・アルバムこそが「イチバン」だ。