9月7日に届いたポールの新作を1週間聴き続けている。このところ,ロック鑑賞の時間はもっぱら通勤時間を充てているのだが,この1週間,ポールのニュー・アルバム「エジプト・ステーション」三昧なのだ。

 

   いくら,別格中の別格,ポールの新作とはいえ,毎日毎日,同じアルバムを聴くというのは極めて異例だ。結論から言う。横溢する才能とアイデア満載の快作だ。

 

ポールのソロ作品には,一度聴いただけで「最高傑作だ!」と思った1982年の「タッグ・オブ・ウォー」もあれば,聴くほどにじわじわと好きになっていった1993年の「オフ・ザ・グラウンド」のような作品まで,その感じ方には様々な印象がある。40年にわたって付き合ってきただけに,熱烈なファンだからといって,新作というだけで無批判に絶賛するようなことはしない。

 

それは,僕に限ったことではない。「今回の作品は,しっくりこないな」と感じるファンもいることだろうし,第一,ファンの評価などどうでもよいことだが,世間的な評価と自分の感覚が一致して不愉快な思いはしない。

 

今作についてのレビューをアマゾンで見てみると,概ね好評という以上に,かなり満足度が高いようだ。勝手な想像だが,ファン歴が長い人ほど評価しているのではないだろうか

 

最初は,うっすらと聞こえてくる雑音だ。駅の雑踏を遠くから聞いている感じだが,その優しい雑音に耳を澄ませているうちに,ピアノの一音で,いきなりの別世界だ。

 

このピアノの音が,今までのポールと違う。彼の鍵盤タッチは,いかにもロック畑の人らしく,シンプルで抑揚がないものが多かったように思うのだが,この「アイ・ドント・ノウ」では,クラシックのピアニストが叩く鍵盤の音のように聞こえる。

 

たった一音に情念のようなものが感じられるのだ。どんな音も無駄にしないという意気込みとでも言おうか。曲を聴いてすぐに歌詞を理解できるだけの英語力はないが,サビの部分,「一体僕に何が起こったのだろうか。分からない」と歌っているのだろうというところは,様々な事情で悩んだり戸惑ったりしている人に共通の感覚で,それを微妙な美しさを湛えたメロディで表現している。ポールの歌声も,いい意味で枯れている。

 

続く「カム・オン・トゥ・ミー」は先行発表されていた時から,気に入っていた軽快なノリの曲で,ポールの面目躍如といったところだ。

 

「フー・ケアーズ」は,僕が密かに大好きなダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナシング」を彷彿とさせるリズミカルな曲だし,公開第三弾となった「ファー・ユー」は,コミカルでアップ・テンポな曲調がサビメロの部分でスピードを落としてしみじみと聴かせるのだが,お得意の韻を踏んでいて耳に心地よい。すべての曲についてコメントするには早いが,今までに聴いたことがないようなものもある。

 

「バック・イン・ブラジル」は,タイトルこそ「バック・イン・ザ・USSR」みたいだが,曲は,70年代にクロスオーバー・ミュージックで一世を風靡した「ウェザー・リポート」を思い出した。ラテン・ミュージックではないのに,異国情緒の香りをたっぷりと感じさせる佳曲だと思う。

 

ノリの良さで「シーザー・ロック」も一般受けしそうだが,やはり最後が圧巻だ。ライナーにも書いてあるが,メドレー形式で次々と展開していくポールの十八番。

 

ボーナス・トラックの「ゲット・スターティッド」は,ゴーン・トロッポの頃の明るいジョージを思い出したし,「ナシング・フォー・フリー」は「オーケー,オーケー,オーケー」という叫び声から,まさかといったメロディへ移行。

 

聞き流したのでは分からない,真剣に聴いて初めてその価値が分かる現代の最高峰とも言えるロック・アルバム。