大した理由もなく録画していた映画「クライム・ダウン」を鑑賞したが,これが何とも微妙な映画だった。序盤は,急峻な崖を登攀するシーンが,その背景とも相俟って美しく,山岳映画の趣を呈している。

 

  タイトルの「クライム」というのは,まさに山などに登るという意味だから,当然のシチュエーションだし,イヌワシの姿に暫しの時間,魅入られる主人公の女性とやや軽率なその友人らしき男性の会話などから,ロープに宙吊りになってしまう映画なのだろうかと,鑑賞者の想像を掻き立ててくれる。ほどなくして,登攀は無事に終わり,山小屋で仲間と合流。

 

 翌日から,本格的な登山の開始だ。途中の休憩は,僕たちもよく出かけるような静かな森の中。ここで,登山経験の少ない,冒頭に出てきた少し軽率そうな男が小用に立つと,そこからは,一転してミステリー映画の雰囲気が漂い始める。何とも不気味な声とも鳴き声ともつかぬ音が遠くから聞こえてくる。

 

   未知の獣なのか,殺人鬼の雄叫びなのかとやきもきしていると,それは地中に埋められた少女から発せられた助けを求める叫び声だった。空気を採り入れるために設けられたパイプを通して聞こえてきていたために,奇妙な反響音になっていたようだ。

 

ここから,物語は一層謎を呼ぶ展開になる。小さな木の箱でできた空間にどのくらいの時間埋められていたのか,少女の怯え方が尋常でないが,明らかに何者かに埋められていたことだけははっきりとすることで,ミステリー映画からサスペンスものへと映画の色が変貌を遂げる。

 

少女を助けだした一行は,登山を中止して,彼女を救いきるための下山行動を開始することになり,このあたりから,「クライム・ダウン」というタイトルが登山と下山という意味なのかなと邪推が始まり,何かとんでもなく恐ろしいことが起こりそうな予感。

 

ここまでの展開からは,相手の正体が分からない何者かに狙われているという底知れぬ恐怖感が漂っていて,またしてもスピルバーグの「激突!」を想起させてくれる。このまま,じんわりと真綿を締めるように物語を展開してほしかったのだが,この展開が続いた後に,話が急激にありきたりになってしまう。

 

ここから先はお楽しみ,ということにするが,前半の不気味でスリリングな展開から後半になって急失速する点について,同じ感想を抱いた人が多いようで,鑑賞後に読んだレビューの採点にもそれがよく出ていた。

 

確かに,前半の描き方が秀逸なだけに,後半になって,もしかすると監督が交代したのではないかと思えるほどの陳腐な流れへの落差が大きすぎるのだが,そこまで凡作とも言い切れない。

 

テーマは,決してありふれているとも思えないし,場面展開も大きな不自然さはない。残念なのは,助け出された少女がどういう経緯で,あんな山中に埋められていたのかという理由やあれほど不気味に感じられた何者かの正体が,あまりにも平凡だったという点に尽きるのかもしれない。それでも,後半,この人は信用できるのかどうかという場面があり,多少なりともサスペンス的な要素が残っていたことは救いだった。

 

 それにしても,この映画はいったい何を訴えたかったのだろう。山には魔物が潜んでいるとか,予測不能なことが起こるから注意しておけというメッセージも感じられなかったし,ただの猟奇的な犯罪映画とも違う。

 

   アメリカ社会の暗部を描いているというほどのテーマ性も汲み取れない。念のためにウィキペディアで確認してみようと思ったら,なんと掲載されていない。

 

 劇場未公開なのだそうだ。よく吹き替えまでして,BSとはいえテレビで放送したものだ。