ロック・ミュージシャンのことを確認したいことがあって,名前で検索すると,例えば「ジョン・レノンはギタリストとして一流なんですか」?とか「ロバート・プラントとフレディ・マーキュリーとスティーヴン・タイラーの中で誰が一番歌唱力がありますか?」という質問を目にすることがある。
多くは「知恵袋」への質問なのだが,とてもまじめに聞いているとは思えないものばかりで,「ジョン・レノンのギターは,そのリズム感や3連シャッフルなど,とても個性的なプレイをしていました。一流のギタリストだと思います」といった意見を回答すると「あれが一流とは,お前は他のギタリストを聴いたことがないのか」といった誹謗中傷が待ち構えていることがあるのだ。
いわゆる「釣り」の一種なのだろう。こんな悪意を持った暇人に付き合う必要はない。まじめに回答した人が気の毒に思える。もちろん,そんな質問ばかりではなく,本当に洋楽の良さを知りたいために質問する人も多いが,例えば先ほどの3人のボーカリストを比較して語るのは楽しいが,そこに単純に優劣など付けることができるのだろうか。
「誰が一番ヒット曲を多く書きましたか」とか「作詞作曲した数が一番多いのは誰か」という質問なら答えられるだろうが,上手いとか下手とかいう基準もない主観的なものに序列をつける方がおかしい。僕なら「全員間違いなくトップ・レベルのロック・ボーカリストだ」と答えておしまいにする。もし時間が許せば,一応,シンガーとボーカリストの違いについても自分の考え方を話すかもしれないが,どっちが上かというバカげた質問には答えられない。
彼ら3人の特徴を教えてくれと言うのなら,ロバートは伸びのある高音とブルースに根差した抜群のリズム感,フレディは,驚異的な声域と並外れた作曲能力,スティーヴンは,一声で彼と分かる野性味溢れる圧倒的に個性的な声とでも答えようか。答えは気分によっても変わるし,正解などないのだ。
だが,一流かどうかしつこく食い下がってくる人には「その人が一流かどうか分かるのは一流の人だけだ」と答える。少し前に「一流の人間とは」というタイトルで,それは「相手によって態度を変えない,誰にでも同じ態度で接することのできる人だ」という話を紹介した。これは,深い人生経験によって培われた生き方や考え方を確立した人間は,その人格ゆえに,相手によって左右されないほど対応がぶれないのだと思っている。それが分かる人はやはり一流の人と言ってよいだろう。
昔,本物の剣豪は,構えを見ただけで相手が自分よりも強いかどうかを瞬時に判断することができたと言われているが,まさに,そういうことだ。ジョンのギターが下手くそだという人のギター・プレイを聞かせてもらいたいものだ。どんなにテクニカルと言われるロック・ギタリストでも,技術という点で言えば,一流のオーケストラでなくても,クラシック・ギターを正式に学んだ人に比べれば,へたくそなのかもしれない。
ただ,音楽は単なる技術展覧会ではない。速く正確に弾けるということと,その音によって聴く人の魂を揺さぶることができるということは太陽と地球の距離よりも遥かに遠く離れている。全く関係がないとは言わない。だが,決定的な要素ではない。第一,一流の人間は自分より明らかに劣る人にも敬意を表することができるから,間違っても「あんたはへたくそだな」とは言わない。
そもそも一流とか二流という考え方もどうなんだ。「一流大学を卒業して一流企業に勤めています」などというのは,その人には他に長所がない場合に使うフレーズだ。もっと本質的なところを見て本音で話をしましょうよ。