エルヴィス・プレスリーが歌った「ハートブレイク・ホテル」という曲がある。作詞・作曲は,メイ・アクストンという女性とトミー・ダーデンというソングライターだそうだが,エルヴィス自身がレコーディングに際して加えた斬新なアレンジが曲のイメージを決定づけたとされ,彼も共作者として名を連ねている。
この歌詞には秘話があって,作詞のヒントになったとされる「I walk a lonely street」」という言葉は,新聞で,自殺した人物の遺書から見つけたという話だったらしいのだが,それが長い間,どの新聞のどの記事なのか分からなかったという。それが60年経った2016年になって,ランディ・ボスウェルという学者が「新聞は,テキサス州のエルパソ・ヘラルド・ポストで,男が酒屋で強盗して店主に銃で殺されたという記事だった」という説をローリングストーン誌に寄稿したということだ。
言うまでもなく,この曲は,エルヴィスにとって初めてビルボードで1位を獲得した曲になっただけでなく,ビートルズやローリング・ストーンズ,レッド・ツェッペリンというロック界に金字塔打ち立てたミュージシャンに多大な影響を与えた。
ジョンは,ラジオでこの曲を聴いて衝撃を受け,このレコードが初めて買った一枚になったそうで,「僕はエルヴィスを聴くまで,本当の意味で誰からも影響を受けたことはなかった。エルヴィスがいなかったら,ビートルズは誕生していなかっただろう」とまで語っているほどだ。
ストーンズのキースも「エルヴィスという名前さえ知らなかったが,俺の人生,まるでこの出会いを待っていたかのように,翌日,目が覚めたら俺は別人になっていた」と語ったそうだ。
ロックの創始者と言えば,ビル・ヘイリーやチャック・ベリー,リトル・リチャードなどの名が挙げられるが,エルヴィスがいなければ,現在のようなロックの発展はなかったかもしれない。
単にハートと言えば,心臓よりも心に近いものを想像するが,日本人は,心は「マインド」の方がピンと来るし,ハートブレイクを直訳すれば「心臓破り」となって,ボストン・マラソンで有名な「心臓破りの丘」を連想するように,心臓という物体をイメージしてしまう。だから「ハートブレイク・ホテル」を清水健太郎の「失恋レストラン」のような意味だと頭では分かっていても,ハートには響かないし,「ハートブレイカー」という曲は,失恋した人のことなのか,失恋させた人なのか,どうもよく分からないのだ。
調べてみると,「その気にさせておきながら,結局は去っていくような悪い奴」のことらしいが,やはり日常会話としてよりも,歌詞や台詞として使われることが多いそうだ。「ハートブレイカー」と言えば,やはりレット・ツェッペリンが一番有名だが,パット・ベネターが歌った曲も激しい情感を表現していて好きだった。マライヤ・キャリーやディオンヌ・ワーウィックにも同名異曲があるらしいが,聴いたことがない。
ロック・ファンの僕としては,グランド・ファンクの方が印象深い。あまり売れなかったせいか「ハートブレイカー」で検索したら,小泉今日子とかハイロウズという全く知らない曲が出てくるのには参った。それにしても,揃いも揃って熱唱が似合うというのは,やはり「この野郎」という強い思いからなのだろう。
先日のミスター・ジミーのライブでも,ツェッペリンがやっていたように「胸いっぱいの愛を」のメドレーの中に,エルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」を組み込んでいた。ライブ・アルバムからは版権の関係でカットされていたらしいのだが,アンコールに応える形できちんと再現してくれたのは嬉しかった。「ハートブレイカー」は,ロックとは切っても切れない言葉なのだ。