258 陽だまりの家 | 鰤の部屋

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数年の時を経て気まぐれに更新を始めたブログ。
ネタが尽きるまで、気が済むまで更新中。

 岩清水は新しい家に引っ越そうと、不動産を回っていた。いくつもの物件情報を紹介されると、とある物件に目が留まった。妙に動揺する店員だったが、気になるので実際に案内してもらう事にした。
「こちらがお客様の要望にありました、日の当たる部屋です」
 東から西へと移動する太陽の動きに合わせたように東と西に窓があり、光量は全く問題が無い。実際に見て岩清水は一目で気に入ってしまった。
「決めました。ここ、ここにします」
 即決する岩清水。しかし、店員は気が進まない様子。
「あのですねお客様。大変申し上げ難いのですが別の物件にした方が良いかと思いますよ。実は陽が強すぎるという話がありまして……」
 日差しが強いならまだしも陽が強すぎるとは変な表現だと思う岩清水。が、そんな事は些細な事で、日差しが強いというのならば遮光カーテンを使えば良いと、この部屋を借りる事にした。

 そして引越し当日。
「さて、後は荷解きをするだけだな。どれから手をつけようか」
 新生活第一歩に、気合も十分な岩清水。そこへ思わぬ来客が訪れた。
「おっやぁ、新しく越してきた方ですかぁ?」
 眩しい光が突然部屋の中に入り、目を隠す岩清水。急に気温が上がり、ドッと汗が噴出し、戸惑う。
「あ、あの、どちら様ですか?」
「私? 私は太陽ですよ。太陽」
「たいよう? たいようというお名前の方ですか?」
「ええ、そうです。職業は天体をやっていましてね、主にここら近辺を照らしているんですよ」
「は?」
「いえ、ですから、ここら近辺を照らしてるんですよ」
 おかしな事を言う相手の隣人になってしまったと岩清水。そこでまた気温の上昇を感じた。
「いやーっす。休憩しにきたっすよー。おや?新しい人きたんすね」
 別の人の声。が、あまりにも暑くて岩清水は言葉を返す気力は無かった。
「どうも、西日っす。なんか話できなそうな感じなんで勝ってに自己紹介させてもらうっすよー」
「西日さんは、西から日を当てるお仕事をされているんですよ。ちょっとたまに物悲しくなる事があるでしょう? それは西日さんの日差しのせいなんですよ」
 どうやらまた変な隣人らしいと岩清水。ここでまた気温が上昇した。
「やあやあ、皆の衆。悪さはしとらんね?」
「お天道様、こんにちは」
「ちーっす、お天道様」
「おや、この家に新たな住人がやって来たようだな。良きかな良きかな。余はいつも天より下々が悪さをせんように見ているお天道様だ。新しき住人よ、悪さをしてはおらぬな?」
 新たな隣人お天道様が現れた。しかし、この頃にはすでに岩清水の意識は無くなっていた。

 次に岩清水が目を覚ました時は病室のベッドの上だった。
「あ、あれは一体?」
 思い返しても訳が判らない岩清水。そこへ不動産の店員がやって来た。
「意識が戻ったと聞き、急いでやってきました」
「意識が戻った? なぜか部屋の中に居たら急に気温が上がったんです。それで誰かと話をしていたと思います。それでもう一人来て、気温が上がって、また気温が――。でも本当に誰かが居たのか? 部屋には自分しか居なかったのに? でも誰かと話をしたような……」
 どうにも記憶がはっきりしない岩清水に店員は言う。
「あそこは陽溜まりの家なんですよ」
「んん? 言っている意味がよく分からないんですが」
「あそこはですね、太陽がよく集まる家なんですよ。理由はわかりませんけどね。いつからか集まるようになってしまったから、あそこら辺の住んでいた人は皆出て行ってしまったんですよ」
 岩清水は曖昧な記憶から断片的に覚えている事を繋げていった。太陽などと訳の分からない事を言っていた人物。急に上がった気温。陽に関する名前が多かった事。
 信じがたいが、自分の経験した事と店員が言っている事を併せてみると、店員の話は嘘じゃないように思えた。
「なるほど、分かりました。でもなぜそんな家の物件をあの時見せたんです?」
「いえ、あれは広げた後に抜いてしまおうと思っていたんですよ。お客様が先にあの物件を見つけてしまったので……」
 確かに店員は一度もあの部屋を勧めてはいなかった。
 岩清水は店員との交渉の結果、費用は不動産持ちで引っ越す事になった。その際、ただ一つだけ注文をつけた。太陽が集まらない物件で頼むと。


終わり



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