246 スノースイマー | 鰤の部屋

鰤の部屋

数年の時を経て気まぐれに更新を始めたブログ。
ネタが尽きるまで、気が済むまで更新中。

   とある学校のいつもの放課後、ではなく今回はとある場所に二人の学生の姿があった。 その一人は末永君、もう一人は松永さん。
「雪が積もって寒いって言うのにあなたは何をやっているの? というよりも何で私を呼び出したの?」
 姿の見えない末永君に呼びかける松永さん。静けさ極まるこの場所で、どこからかシャクシャクと削る音が聞こえてくる。
「待っていたよ松永さーん!!」
 現れたのは水泳帽にゴーグルで上半身裸の末永君。
「私、今幻の生物を見てしまったみたいだから帰らせてもらうわ」
「待って待って、それは幻じゃなくて現実。現実の生物さ」
「なら尚の事帰らせてもらうわ。見てるこっちが寒くなるもの」
 末永君は今、数日前から降り積もった雪の中にいるのだ。上半身裸で。
「動いてるとそうでもないんだよ。ほらほらー」
 まるで水の中を泳いでいるように雪を掻き分ける末永君。下半身の方はトランクスタイプの海パンだった。
「それを見たからって私もやるなんて言わないわよ。それで、今日はどういう用事で呼び出したの?」
「見て分からない?」
 もう分かって当然と言う風に言う末永君。
「予想もしたくないの、分からない?」
「きつい、きついよ松永さん。その冷たい言葉で凍死してしまうかもしれないよ」
「大丈夫よ、学校のプールだからどうにかなるわ」
 今回二人は学校の屋根の取り払われた屋外プールの中にいた。
「先生が来るまでの間、抱きしめて暖めてくれる?」
「待って、今冷水を用意するから。水道が凍っててホースから氷が出てくるかもしれないけど我慢しなさい」
「嘘嘘、御免なさい。第九十六回マジであほな事をしようの会を実行しているんだよ」
「だと思ったわ。よく九十六回もあほな事思いつくわね」
「人はそれを天才と言うよ」
「そうね、天災ね。それで? 一人寒中雪泳(せつえい)大会でもしようって言うの?」
「違う違う、今回はこれだよこれ」
 そう言って末永君は雪の中へ潜る。そして下半身だけを上に上げたり、足を器用に動かして何かをし始めた。
「どう?」
「もがき苦しんでるの?」
「もうっ、違う、違うよ。シンクロナイ“ス”ドスイミングだよ」
「シンクロナイ“ズ”ドスイミングよ」
「そうだっけ? とにかくシンクロしてるんだよ」
 末永君の言葉に松永さんは頭を抱えた。
「頭痛が痛いわ。痛すぎてまな板になるほどにね」
「ごめん、分からない。説明して?」
 冷静に返され、寒さで赤くなった顔がさらに赤くなる松永さん。
「分からなかったら良いのっ!! とにかく私は言うわ、シンクロしてないじゃない!!」
「心と体がシンクロしてるんだよ。これって素晴らしい事だと思わない?」
 おかしな事を言いながら、また演技を始める末永君。

「フォォォォォォォォ」

 人の叫ぶ声がどこからか聞こえた。
「何今の?」
「知らないわ。きっとどこかの外人がオーバーリアクションしたのよ。それよりも上がりなさい。体が真っ赤よ。外は寒いから温かいココアを持って来たの。飲みなさい」
 予想はしなかったが予感はしていた松永さんは、上がってきた末永君にココアを渡した。
「温かい、温かいよ、松永さん。その優しさに惚れたよ。愛のヒートテックだよ」
「うっとうしい」
 抱きつこうとする末永君を、躊躇無く蹴り飛ばす松永さん。
「い、痛いじゃないかっ。赤くなったらどうする!!」
「大丈夫、もう真っ赤だから。それよりもおでこを貸しなさい」
「貸したついでにグレードアップしてくれると嬉しいな」
「はいはい」
 末永君の言葉を流して、互いのおでこを合わせる松永さん。動揺したのは末永君。
「ああ、やっぱり。君、熱出てるわ、風邪ね。感じ、四十度。寒くない?」
「ひ、人は冬山で恋をすると熱くなるのです」
「重症ね。早く服を着なさい。タクシーが来るまで職員室で温まっていましょう」
 強引に引っ張り、その後一緒に病院に向かった松永さん。彼女の予想通り、末永君は風邪を引いていた。
 彼はこの後、熱四割、もやもや五割で完治するまで苦しむ事となった。そんな末永君を、松永さんはいつもの呆れ三割で一日置きに果物を持ってお見舞いに通った。

 この出来事から十年後、冬季オリンピックでスノーシンクロと呼ばれる競技が生まれる事になる。競技の発案者は言う「窓の外を見ていたら学生が一人でシンクロをしていて稲妻が走った」と。
 が、競技のきっかけを作った二人は、現在も十年後もそんな事にはまったく気付いていないのだった。


終わり



にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ