東京での修業生活を2年ほど続けたあるとき、私は某全国チェーンのファミリーレストランでスーパーバイザーとして働く方と話す機会がありました。

私が将来ハンバーガー屋をやりたいことを話すと、その方はチェーン店のことを色々と教えてくれました。


 

 

各業務の標準化や、単純化、集中化のこと。人件費の安いパートタイマーでもお店を運営可能にするための、業務の標準化やマニュアル化など。

本では読んだことはありましたが、実際にそこで働かれている方の言葉には説得力がありました。

ご厚意でちょっとだけその職場を見学させていただく機会をいただき、そこで私は衝撃を受けました。

「飲食店を開きたい!」とやる気MAXの自分のような人ではなく、ほかのやるべきことを抱えながら働いている学生アルバイトさんや主婦のパートさんが高いクオリティの料理を次々とつくり、高い安定したクオリティのサービスをしていました。パートさん同士で教えあい、教育が進んでいました。

 

店長さんはというと、バックヤードで事務作業をしたり、従業員さんと談笑をしたりして、現場には携わっていませんした。店長さんは「自分よりアルバイトスタッフの方が、作業が早いんだよね。」とすら言っていました。


私はスタッフ一人一人が自分で考えて動き、お店が回っている光景に驚きました。

私はそれまで視野が狭く、いいお店を作るためには、「店主が調理も接客も、モノやお金の管理もできる最強のプレーヤーであるべきで、後の従業員は店主の指示に従っていればいい。」極端に言えばこう思っていました。

だからそのときまでの私は、いかに自分がなんでも知っていて、なんでも出来る最強のプレーヤーになることだけを考えていました。

従業員に自分の思うように動いてもらうには、そして従業員になめられないようにするには、とにかく自分が最も優れたプレーヤーにならなくてはならないと。

でもそれは、すごく傲慢な考えでした。

私は人がいきいき働ける場所をつくりたいと思っているのに、なんで従業員に自分の思い通りに動けなんて傲慢な考えになっているんだろう…と反省しました。自分だったら、もしそんな傲慢な上司だったら働きづらいし、委縮してしまっていい仕事ができないのに、自分がそうなろうとしていました。

自分がどんな時にいい仕事ができるのだろうと考えると、自分自身に満足しているときでした。周りから認められて、感謝されていて、自分がやるべきことがわかっているとき。自分の行っていることの先に、自分が実現したい未来があるという強い確信があるとき。そんな時、私は心の底から強いエネルギーを感じて、いきいきと楽しく働くことができました。

心理学者アブラハム・マズローの唱えた五大階欲求説を参考にすると、私がいきいきと働けた理由は奇麗に説明が出来ました。生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求が順に満たされたとき、私は強いエネルギーを感じたのです。

マズローの五段階欲求説

出展:カリスマ社会福利士


いきいきと楽しく、かつ生産性高く働ける職場を作るには、人間のより高次の欲求を満たせるような場を作る必要があります。

店主に従わせるだけのトップダウン型のお店でも、たしかに社会集団に属していたいという社会的(所属)欲求や、低い次元の承認欲求(:認められたい、褒められたい)までは満たすことが出来るかもしれません。でもそれまでです。スタッフのより高い次元の承認欲求(:自立意識、自己尊重)や、自己実現欲求(自分の才能の最大限の発揮、意思決定感)を満たすことは出来ないと考えました。

私が目指すのは、スタッフが「明るく生き生きと、仲良く、楽しく働ける場所」です。お客様を幸せにするのは、嫌々働いているスタッフではなく、心が満たされた幸せに働いているスタッフなはずだと私は信じています。

だからこそ私は、もっと高い次元でスタッフの心を満たす場を作ることを目指しました。

上司がすべての選択権をもつトップダウン型のマネジメント、店主のために部下が働くピラミッド型の組織構造ではなく、組織のピラミッドを逆にして、上司が部下のために働く組織にする必要がある。権限委譲による、ボトムアップ型の経営マネジメントが必要と考えました。

ピラミッドの組織構造を逆にしたときによく起こる問題は、チームがバラバラになることです。だからピラミッドの組織構造を逆にしてもチームがバラバラにならないようにするために、目指す場所や、自分たちがやるべきことを明確にした、仕組みが必要です。

その仕組みのヒントが、チェーン店にはいたるところに散りばめられていました。

スーパーバイザーの方は私に教えてくれました。
その仕組みが出来たとき、私の役目は最強のプレーヤーであることではないと。最強のプレーヤーはスタッフであるべきで、私の役目はスタッフが生き生き働けるように徹底的にサポートして、スタッフに感謝して、スタッフの心に水を与え続けることだと。

私は救われた気がしました。

自分にはいわゆる男らしいリーダーシップはありません。リーダーなんて、それまでやったことがありませんでした。人見知りで口下手だったので。でも、他の人を助けたり、話を聞いたりしてそっとサポートすることは大好きでした。

だから、スーパーバイザーの話を聞いて、これならもしかしたら自分にもできるのかな…と希望を抱きました。これなら自分の得意を活かして、スタッフも、お客さんも、街も幸せにするお店が作れるのではないかと思いました。

「仕組みで人を幸せにする」

それは、臆病で、声も小さく、リーダーなんてやれる自信がないと思っていた私にとって、一筋の光でした。