medicine or poison | ハザマランド

medicine or poison

 平日の昼間から映画館に入り浸っていると、ろくな人間に合わない。人のこと言えた義理じゃないけれどつくづくそう思う。
 火曜の午前十二時三十分。私はいつものように学校を抜け出して、映画鑑賞に耽っていた。高校生でも頭を使えば安くチケットを手に入れられるのだ。例えば転売された株主招待券だったり、大昔の映画を三本まとめて流しっぱなしにする映画館を狙ったりといろいろだ。
 ただし、そんな方法で見る映画には決まってそんな人間が集まってくる。授業をサボったり、上映中にも関わらずしゃがれた声で話しかける人間だ。
「音楽って毒だよな」
 そいつは空椅子三つ離れた右側に深々と腰掛けていた。スクリーンの反射で浮かんだ無精ひげは、見るからに面倒臭そうな生え方で、どう見てもまっとうな勤め人には見えない。重そうな瞼の奥の瞳は、照明が落ちた館内のどこよりも黒い。私は無視を決めこんだ。
 正面のスクリーンではスーパーマリオみたいなでこぼこ兄弟がさまざまな場所でトラブルを起こし音楽を奏でている。めちゃくちゃだけれど選曲と奏で方が巧みなので既に何度か見ているにも関わらず見入ってしまう。
 そいつはそんな私の態度にも構わずしゃべり続けた。
「俺はこの映画を見ると、いつも踊り出したくなっちまう。けど俺は常識人だからな。踊ったりはしない。穏やかな日常を狂わそうとするこの毒を、ただひたすらに耐え忍ぶんだ。するとどうだ。毒が全身に行き渡り、日常でたまった苦痛が麻痺してくるじゃないか。そして俺は明日もどうにか穏やかな日常をこなせるようになる」
 なんだこのオヤジは。酔っているのか。映画以上にめちゃくちゃなことを言っている。こんな輩は相手にしないに限る。だけどもそいつと同じくまっとうでない私は気づくと口を開いていた。
「それってさ。毒じゃなくて薬じゃん」
 黒い瞳が微かに揺れた。オヤジはふんと鼻で息をつく。
「いいや。毒だね。人間には毒が必要なんだ」
「わけわかんない」
 会話するだけ無駄だった。
 私は正面に向き直り、映画鑑賞を再開した。
 スクリーンの中ではコンサートが盛り上がりを見せ、観衆が歌詞の一部であるyouを連呼している。
 兄弟は歌う。
 人には人が必要だ。
 観衆が後に続く。
 人、人、人……
 私はまだそれを実感できないでいる。

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