暫く最高温度が32~33度の日が続きましたが、またまた最高が35度にまで復活しました。
そうなりますと、32度の日と、35度の日の体感というものに、大きな違いが有ることに気付きます。
まず何と言っても、日陰の感覚が違うのですね。
陽の当たる場所は、どちらも光線が強烈で、比較しにくいのですが、日陰に入った時の風を受ける感じが違ってきます。
35度ともなりますと、日陰でもモァ!!として、温い空気に不快感が強まりますね。
これで最高温度が、38度や40度の地域の人々はどんなにあるのでしょうか。
あと3年もすれば、わたしの住む地域もそのようになるのかもしれません。
そのようなことはもう想像もしたく無いですね。
温度観察はさておきまして、最近の読書は「鬼平犯科帳 八」のあとは、武内和人作「現代軍事学 入門」を読みました。
「鬼平犯科帳」は相変わらず面白いのです。
わたしにとっては、池波正太郎作品の第一位は「仕掛け人、藤枝梅安」で、次が「鬼平犯科帳」シリーズ、そして第三が「剣客商売」、そしてその次にはいろんな諸々作品が並んできます。
「鬼平犯科帳」はまだまだ続きますから、当面楽しみが残っていて、幸福感が続きます。
「現代軍事学 入門」の方は、あまり面白いとも言えませんでした(勿論わたし感覚で)。
昔、クラウゼヴィッツの「戦争論」を読んでいますが、今度の本も同じような感想で、この本の中にもクラウゼヴィッツの本のことは何度もでてきました。
総体に、これっと言って新しい問題提起は見当たらないのです。
最近のドローン戦争なども、ほんの少しは出てくるのですが、わたしにとって関心のある、ドローン出現後の戦争の在り様などは、全然書かれていませんでした。
ドローン兵器出現後と、ドローン兵器出現前では、極端に言えば、鉄砲伝来以上ほどの戦争形態の違いが有ると思われますから、此処を突かないと、全てにおいて、解説書としては旧聞に属することに成ってしまうと思われます。
もう5年程しなければ、それらハイテク戦争に付いての文献は出てこないのかもしれませんが、それではまたその時代の時代遅れ、となってしまうようで、何事も事後解析は出来ても、考えられるところの事前解析というものは難しいようです。
しかし将来の展開予想など、研究者としての能力が直接的に発揮できる内容が、少しは有っても・・・と、思わざるを得ませんでした。
そしてこのような本を読み、また政治家の国家に対する考え方を聞くたびに思うことがあります。
国防とは、充実すればするほど、他の国家に対しては、警戒感しか与えない。
そしてまた研究家や政治家には、この言葉を送りたいのです。
「戦争を知らない人間は、半分は子供である」 大岡昇平「野火」より
子供から、子供に送る言葉ですが・・・。
この言葉は、現実の戦争の凄惨さを現わしているのですね、現在の机上から生まれる論文や、政治家の勇ましい空論は、すべて平和の中から生まれて来たものであり、今回の「現代軍事学 入門」を読んでいましても、わたしには、返って、我が国の平和の有難味が、改めて感じられて来る内容に思えてくるのでした。
その後また、池波正太郎さんの本に戻っていますが、「鬼平犯科帳 九」の方は、まだ暫く温存しています。