毎日最高34度の日が続いています。 しかしこれは全国的に見れば、まだ恵まれている方のようです。

 

暑い地域の人々、都会で働いている人々、わたしの子供達も含めて、どうかこの夏を無事に乗り切ってほしいと思います。

 

さてまた「人というもの」から、続きを書きたいと思います。

 

< まず名将とは、人一倍憶病でなくてはならない。 憶病こそ敵を知る知恵の源泉言うべきもので・・・・自分の側の利点と欠点を考えぬくのである。

   「韃靼疾風録 下」 

幕末西郷は、安政の大獄と蛤御門の変の後の時期に、島に居た。

もしこの時期に島に居なければ、西郷はおそらく殺されていたであろう。

それを思うと西郷は ― なにごとも天だ。

大きなものから受けている恩恵をおもうのである。

     「竜馬がゆく 六」>

 

憶病とは、人間が生きて行くために不可欠なものなのだと思うのです。 わたしは若い頃オートバイが好きで、知人から450CCのホンダドリーム号を買い、良く走り回っていました。

 

とにかくスピードを出して走ることが好きでしたから、そのホンダのオートバイに乗っている間には、三度程死んでいてもおかしくない事故に遭遇しました。

 

いずれも後先考えない無茶な運転の果てですが、憶病心=想像心の欠如ですね。

 

・・・どうにか81歳まで生きて来たのですが、やはり運が良かったとしか思い付きません。

 

自分で生きた来たというより、偶々生かされてきた、というのが実感です。

 

そして自分の子供付いてには、~ どうかオートバイ好きに成りませんように ~、と祈っていたのですから、自分勝手なものですね。

 

幸いに息子は、オートバイには興味が無く大人になりましたから、自分のことも合わせ、それこそ、大きなものから受けている恩恵を思わざるを得ません。

 

< 本来ナショナリズムとはごく心情的なもので、・・・・自分の属している村が、隣村の者からそしられたときに猛然とおこる感情がそれで・・・・。大きなエネルギーの源はこの感情がある。

   「花神 上」>

 

わたし達が小学生の頃、隣の小学校に付いて、時々歌っていたものでした。「○○学校良い学校、行ってみたらボロ学校」。

 

しかし、わたしの家は、わたしが若い頃引っ越ししましたから学校区が変わり、我が子は三人、その○○学校の方へ通いました。

 

従ってその後、このボロ学校の歌をもし歌っても、わたしの方が人数的に負けることとなってしまったのです。

 

学校には校旗が有り、校章があり校歌があります、市や町にもそれぞれ有って、国にもそれらがありますね。

 

しかし一番の主役は、そこに居る人々ですね。 主役が居なければ、旗が有ってもなんにもなりません。

 

有史以来初めて、争っていた多数の国々がそのテリトリーを緩くしたのがヨーロッパ連合でしょうけど、EUにも一応旗はあります。

 

しかしどうも見るところ、あのEUの旗は、なんとなく頼り無いお飾り的な感じがしますね。

 

ですけど、わたしはあの旗の意味するところは好きなのです。

 

あの旗は、内に籠るより、外へ広がって行く精神を現わしているような気がするのです。

 

外への融和を感じるのです。内向きのナショナリズムが、ゆる~くなった感じが現れているような気が、なんとなくするのですね。

 

 

最近は阿川弘之さんの「鮨」というエッセイ集を読んでいますが、割と面白い中に、また一つ面白い文がありましたので書いておきましょう。

 

中央公論社の当時の編集長、宮脇俊三さんの結婚式の話です。

 

お相手は社の同僚の女性ですが、当時の社長嶋中鵬二さんが祝辞を述べています。

 

「率直に申しますと、お二人とも再婚ですが、出版社にとって、再版を出すのは、誤植も少なく成りますし、まことにめでたいことで・・・」

 

 

3月20日にタネを蒔いた、エキナセアに初めて咲いた花です。

後の26本にはまだ蕾も無いようです。本格的開花は、来年からのようですが、取り敢えず一花見れて良かったです。