毎日最高が44度45度の暑い日が続いています。 わたしの住んでいる地域は、車で10分も走れば海が見えますし、反対方向へ10分も走れば広葉樹の山があり、大きな河もありますから、自然には恵まれた所なのですが、それでも近年はこの温度までには上がるのですね。

 

子供の頃夏休みで、「おい、今日は30度あるらしいぞ、アチーなぁ・・・」などと話していたことを思い出しますが、今の子供達からすれば、「今日は30度らしいわ、どうりで涼しいなー・・・」などとなるのでしょうね。

 

さて、先日読んだ司馬さんの「人間というもの」から、注目した幾つかの文を挙げて、自分の感じたことを書いてみたいと思います。

 

結構ありますので、とりあえずは二点ほど挙げて拙文を書いて行こうとおもっています。

 

<  人は、群れて暮らしている。

群れてもなおお互いに暮らしていけるように、道徳ができ、法律ができた。庄九郎は思うに、人間ほど可憐な生き物は無い。

法律に支配され、それでもなお支配され足らぬのか神仏まで作ってひれ伏しつつ暮らしている。

    「国盗り物語 二」>

 

人間は本来、野放図に生きていたら、集団間、個人間の争いが絶えない生き物なのでしょうね。

 

それで法律を作り、神仏まで作り、いろいろ遣ってるのですが、その法律が違う相手とは、オラのほうの法律が正しいからお前たちは従え!!と言って争いのタネにするし、神仏に対しても、お前たちのは怪しいから、オラたちの神仏に従え、と言って何千年も争っています。

 

つまり、あまり可憐な生き物とは言えませんね。 現在争いの本家の人達も、とても可憐とは言えない相貌をした人たちです。

 

人間が可憐な生き物といえる時間は(特に男性が)、新生児室に並んでいた頃から、数年後の間くらいでしょうか。 争い本家の人達にも、「ママ~」と言って母親のあとを追いかけていた時代は、あったのでしょうけどね。

 

 

< 常人以下の能力でしかないニコライ二世でさえ、即位そうそう

「予は、予の父帝がなしたるごとく、専制の原理をゆるぎなく守るつもりである、そのことを国民にしらしめよ」

     「坂の上の雲 七」>

 

大体に於いて、「前任者の路線を守ります」という為政者に、賢者はいないように思っています。

 

前任者の路線を守るということは、半分は、前任者へのご支援を私にも分けてください、という意味も入っていると思いますし、もうそこで、新任為政者に対する期待は望み薄となります。

 

ここ十年来のわが国でも、そのような状態が続いているようです。 

 

「前任者はこのような方でしたが、わたしはこういう主義を貫こうと思います」 

 

と宣言するほどの為政者は現れないのが、我が国の土壌のようでもありますね。

 

そして一方では、そのような斬新な人が現れないことに、安心感を抱いている国民の方が多いようです。

 

現実のアメリカを見ていると、前任者をボロクソに言って、人気を得る者もいるようですが、日本の場合は、その心配だけは、少ないようです。

今のところ‥‥。

 

日々草です。 暑いので控え目な色にしました。