暑い日が続いています。 毎日の温度を見ていますと、去年よりも高い温度の日が多いことが解ります。

 

去年は、蘭の水遣りに、夕食後まで待って、蘭小屋周辺の温度が32度に下がってから水遣りした日が3日位だった気がするのですが、今年は既にもう4日はそのようにしています。

 

これからもまだ8月の猛暑が続くでしょうから、何度そのような夕食後水遣りが今後必要に成るのか、これはもう諦めの心境で遣って行くしか無いようです。

 

そしてまたついに、今年からこの猛暑対して、自分の服装についても温暖化対策を敢行しました。

 

つまり、Tシャツの裾を短パンの外へ出して着る、という、我々ジェネレーションには禁断のスタイルを始めてしまったのです。

 

とは言いましても、わたしより年配の人でも、そのような服装スタイルの人は、もう10年程前から見かけていましたが。

 

が、わたしは相変わらず去年までは、そのような人を見ると、「同ジェネレーションながら、時代迎合のだらしないスタイル派」との評価は、変えないまま今日まで来ていたのです。

 

しかし今年の暑さにはその主義も、溶けてしまいました。

 

今年の或る日、シャツの裾をズボンの外へ出しましたら、上半身のシャツの内側の通気性の良さに気が付いてしまったのです。

 

短パンスタイルと同じく裾出しスタイルも、一度経験してしまいますと、もう後戻りはできなくなってしまいます。

 

まるで麻薬のようなものですね。 とうとうわたしも時代迎合派の一員で、今後の夏は過ごすことになりそうです。

 

夏以外は、まだまだそこまでは落ちぶれて?はいませんから、キチッとシャツをズボンの中へ収めることは当然のことなのです。

 

さて、司馬さんの「人間というもの」を読み終えましたので、気に止まった文を一つ二つづつ挙げてみることにいたします。

 

どこまで続けられるか判りませんが・・・。

 

 

<  鉄の仕様ほど、人間の精神と社会を、それ以前にくらべて激しく変えてしまったものはないようにおもえる。

鉄器使用が始まるまでの時代は、じつにのんきでお人好しの時代であったろうと思える。 ・・・・・・・・。>

   「長安から北京へ」

 

これはどうかな?と思います。 そもそもホモサピエンスはネアンデルタール人と違って、極端に言えば好奇心のみで今日まで生き残ったほどの種ですから、木製器具や石器にしても、ゼロから発見や発明工夫して作り上げたものであり、その延長線上が、鉄の製造鉄器の使用に繋がる訳ですから、木製器具や石器を使い出した時代と、鉄器使用初めの興奮度には、あまり差異は無いのではと思うのです。

 

パソコンの初期の開発使用とAI利用への変化くらいかもと、素人のわたしは思うのですね。 (素人は言いたい放題に言えるから気楽です)

 

<「若いのだな、世に浅い、とでもいうか。つまり自分をふくめて人間と言うものがわかっていないから、そのように、わかったような、田舎寺の和尚のようなことをいうのだ。・・・・」>

  「最後の伊賀者」

 

わたしの友達の和尚さんは、他業種で働いて来た上、30代で仏門に入っていますから、話していて面白いし、いろいろと苦心してきたことも解ります。

 

やはり人間、長年多業種でそれぞれ格闘してきていますと、中から滲み出てくるものがありますようで・・・。

 

 

↑ 畑へ移したサルスベリです。やはり鉢植え時より花がとても多いです。

しかしちょっと暑さが増すような色合いですね。

 

↑  春蘭の新芽が上ってきています。こちらは涼し気ですね。

「匠」ちゃんという名が付いています。

 

こちらも涼し気です。「満天」と言う名です。皆さんいろんな名前をつけてきます。

わたしも幾つかの蘭の名前を付けています。時々ヤフオクなどで見かけますと、わたしの棚から何年前に旅に出たものかな・・・、などと思いをめぐらします。