姫野カオルコさんの「昭和の犬」という本を読み終えました。

 

この本は、イク という名の女性の主人公が、5歳の頃から49歳頃までに出会った犬たちのことが、イク自身の生活を通して描かれています。

 

まずイクを取り巻く家庭の特異性は、両親が世間の常識からは外れた性格で、イク自身そのために、普通の女の子とは異なる成年期までを送ることに成るのです。

 

まず父親が異常と言える性格なのですが、それは戦中戦後、シベリアで過酷な捕虜生活を送ったことに起因しています。

 

時として過酷な生活を強いられた人に見られるように、とても怒りっぽいのです。そしてその怒り方が尋常ではないのですね。

 

イクはその状態を 割れる と表現しています。そしてまたそれに同調してか、母親がイクに対して基本的に無関心で、イクの存在を保護者の眼からは見ていません。

 

そのような家庭環境の中、イクの生活の周りには、何時も飼い犬が居ます。

 

そしてここらが「昭和の犬」の本領発揮なのですが、飼い犬は何時も放し飼いなのですね。

 

以前わたしの拙文に出てくるジョンの話と同じです。

 

やはり男名の雌犬ジョンも、しっかりと放し飼いでした。 昭和の犬の正統派ですね。

 

イクの家の犬は、二三日帰ってこないことも有ったそうで、イクの話では、もしかして他所の家でもそこの犬として飼われていたのかも・・・、などと書かれていましたが、我が家のジョンは朝晩の餌(ほとんど、ご飯とみそ汁を混ぜたもの)はきっちりと食べに帰っていましたから、まずは分家は無かったはずです。

 

しかし日中はどこでどうしているのかは、家の者は誰も知りませんでした。

 

そしてまた必ず年に一度は、4匹の子犬を産んでいました。

 

わたしが小学校の高学年の頃でしたか、父母の発案で、当時まだ珍しい避妊手術を受けさせましたが、ジョンはわたしが憶えている限りは、5~6回は子供を産んでいたようです。

 

その仔犬たちは、わたしも誇らしく感じる程、毎回良く他家に貰われて行きました。

 

わたしも一匹位はジョンと一緒に子犬も育てたいと、父母に頼んだことが有ったのですが、何故か全て却下されてしまっていました。

 

子犬が一匹減り、二匹減った夜のジョンは、悲しい声で一晩中鳴き、とうとう一匹も居なくなった日には、自分が仔を産んだ付近を首を垂れて嗅ぎまわり、悲しい声でクーンクーンと探し歩いていたものでした。

 

実質的な飼い主である小学生のわたしは、そんなジョンに会わせる顔が無く、その度にジョンの居場所に近い部屋の影に隠れて、同じように顔を俯けて、ジョンの悲しみが去ることをただ待っていたものでした。

 

2日もするとジョンは元の元気に何時も戻っていました。

 

そんな時は「ジョンごめんな」と言った気持ちで、ことさらにジョンの頭や体を撫ぜてあげたものでした。

 

そんな中、一度だけジョンの子供に会ったことがありました。

 

そこは我が家から200m程離れた親戚の家で、或る日遊びに行きますと、玄関の三和土に来たばかりのジョンの子供が居て、靴を咥えては遊んでいました。

 

年上のお兄さんに仔犬の名前を聞くと ハチ だと言います。

 

わたしは「ウッ」と答えに窮しました。 なんだか嫌な変な名前だなあと思い、家に帰っても、父母や姉弟に、「ジョンの仔を見たけど、名前がハチなんて変な名前を付けられていた・・・」と不満たらたらで話したものでした。

 

姉弟たちも、ジョンの子供が可哀そうや・・、といった雰囲気で、「もっと良い名前にすれば良かったのになぁ」と皆で暫し沈んだ気持ちになったのでした。

 

わたしが10歳前後は、終戦後10年前後で、ハチの意味は誰も知らなかったのです。

 

ハチの名を付けた家のお父さんは、海軍の軍艦乗りでしたから、日本のあちこちへ出かけていた筈ですし、もしかしたら東京の銅像のハチ公も見ていたのかも知れません。

 

わたしも後年、文字で見るハチ公と、親戚の家で音声で聞いた「ハチ!!」が、同じ名前だと気づくのには暫くの時間が必要だったのでした。