今年に入り、知る限り二人の同級生が亡くなったようです。

 

一人は高校の同級生で女性の方でした。

 

またもう一人は親戚の男性で、幼稚園から中学校までは同じ学校でした。

 

女性の方は、高校時代少し話をしたことが有る程度で、卒業してからも、偶然二三度街中で会ったくらいでした。

 

またその女性は未婚だったらしく、地方新聞に載った名前は、高校の時と同じ姓になっていました。

 

おくやみ欄に名前を見た時少し驚いたのは、たまたま数か月前に、市内のスーパーで、元気そうな姿を見かけていたばかりだったからでした。

 

その時、彼女はどのような事情からか、とても明るい服装で着飾っており、その上表情も明るく微笑んで、果物を手に取り見つめていました。

 

わたしは直ぐに、その人が同級生だと判りましたが、なんとなく避けるようにして、スーパーの奥へと歩いて行きました。

 

何故そのようにしたのか、別にお互いが悪い印象を持ってはいなかったはずなのですが、何十年ぶりかに会ったことによる、気を遣うだけの挨拶はしたくなかったからだと思います。

 

そしてその数か月後、新聞の死亡欄に名前を見付けたあと、彼女のスーパーでの明るい所作が頭に何度も浮かび、「あの明るさはいったい何だったのだろうか」と、なぜか自分に問い続けてしまうのでした。

 

もしかしたら、わたしがスーパーへ入って来たことを先に見つけて、ことさら明るい表情で傍の果物を見つめ、わたしが話しかけてくることを避けたのでは。

 

そしてその気持ちの中の半分には、自分の余命を知っているが故のことさらの笑顔を作り、わたしに残像として残して置きたかったのかも知れない、とも思いました。

 

そのようなことまで考えてしまうのは、その時お共らしき女性の、戸惑いながらも不可解な程冷静な表情が、傍に見えたからでもあるのです。

 

何ヶ月か後には死を迎える人が、着飾った服装でことさら明るく振る舞っている、そして傍には、その姿を冷めた目で見ている、付き添いらしき50代位の女性がたたずむ。

 

わたしの中には、解けることの無い謎が残ってしまいました。

 

わたしは彼女に対し、高校時代から少し良い印象を持っていました。

 

その理由は単純なことで、或る日高校の図書室で借りた、ドライサー作「アメリカの悲劇」の本の、末尾に貼られた小さな貸出記録用紙に、彼女の名前が、わたしの二歳上の姉の名前の後に記されていた、ということからだったのです。

 

それ以来、彼女は姉と同じで読書好きの人なのだ、との判断が、良い意味で気持ちの中に存在し続けていたのでした。

 

わたしが田舎へ帰り、街中で偶然会っても明るく挨拶をするだけの人を、数か月前に近くで見かけ、そしてその後に死亡欄に名前を見ることとなる。

 

そして、不思議なほどの明るい笑顔が謎として心に残る・・・。

 

八十代の年代というものは、そのようなことが、時を選ばずに起こり得ることなのかも知れませんが、「そんなものなのだ・・・」と、悟ったような気持で胸に治めてしまうのも、寂しいことのように思えてくるのでした。