夏目漱石作「こころ」を読みました。
この本は岩波書店発行で、「大活字版・岩波文庫」との文字が、表紙上部に印字されています。
また巻末には、1927年7月10日 第一刷発行 とありまして。
2024年4月26日 第138刷発行 となり、この大活字版としては、2025年10月15日第一刷発行 となっています。
つまり最初の第一刷からすれば、わたしが手に取ったこの本は、約99年経った後のこととなるようです。
しかしわたしとしては、小学六年生の頃一度読んでいますから、約70年ぶりに内容を再度読むことと成った訳です。
小学六年生のころは、「夏目漱石全集」の中の一冊として読みました。
当時、わたしの家の前の家に住んでいた女先生が結核で亡くなり、亡くなった後家族の方が、「○○さんちの子供達にあげてくれとの遺言だったので・・・」と言って、「芥川龍之介全集」と共に持って来てくれたのでした。
わたしは喜びましたが、わたしの母親は「読まない方が良いんだけどなぁ・・・」と、眉間にしわを寄せて、「読むな」とも言えない複雑な顔でつぶやいたことを思い出します。
当時は子供に限らず大人でも、結核や赤痢や腸チフスなどの流行り病で、多くの人が亡くなっていたのです。
わたしは親の心配をよそに、全ての本を読み終えました。
そして「夏目漱石全集」を読み終えた後、生意気にも「やっぱ、『こころ』が一番良いなぁ・・・」と感じて、姉にも話したものでした。
本の内容はともかく、その時の心持ちは今でも憶えていまして、約70年経っても仄かに心に残っています。
ご存じの方も多いでしょうが(わたしは忘れていましたが)「こころ」の内容は三つの章から成っていまして、
上 先生と私 中 両親と私 下 先生と遺書 となっています。
そしてこの小説の主なる登場人物は、私と先生と、先生の友人K、そして先生とKの下宿先の女主人とその娘、それに私の両親、のみになっています。
(上)の「先生と私」では、先生と私の出会いから、二人の会話、そして先生の奥さんとの会話が主となっていまして、(中)の「両親と私」では、私の帰省中の両親との交わりが書かれ、その中で、(下)の「先生と遺書」は、先生の手紙が実家へ送られて来ることから始まります。
この小説は全編、私・先生・先生の友人K・という、東京大学出の三人の心理描写に尽きるものがあります。
下宿先の母娘に付いては、重要な役割ではあるのですが、何か話の上で良くあるケースを利用したような感の存在となっています。
読みながらどうしても、小学六年生の自分がどんな気持ちで読んで、どのような所に何を感じたのかと思っていました。
まずこの小説の文章はとても読み易く成っていまして、小学生でも最後まで読み通せたことは理解できます。
そして小六の自分を思い返す時、明るい一方で、暗く沈んだ性格であったことがどうしても浮かんできますので、三人の青年の沈鬱な心理には、何となく朧気に共感できたであろうことも想像できます。
そしてまだまだ、世間というものを知らずに居るということが、年齢を超えて、三人の心理にも実は通じるものが有ったような、そんな気がしてくるのです。
そしてトシを取り、ひとわたり世間に揉まれた後読んだ今の気持ちとしては、「夏目漱石はやっぱ『こころ』が一番やな!!」、との思いに至った子供心が、70年の歳月を経て、懐かしさと共に浮かんでくるような、そんな感じがしたのでした。
先日は駐車場にようやく線を描きました。
このような線を8本描きましたが、割と上手く描けました。(自画自賛^^;)
過去にも経験が有りますから手順は慣れているのですが、天気の良い日曜でないと、平日は車の出入りが多いので出来ないのです。
あと8本は線引きが残っていますが、何時になりますやら。 晴天と休日と、わたしの心技体が揃うとなると・・・。
今年中に出来るかどうか?

