先日テレビを見ていたら、80歳にして盛んに陶芸活動をされている方が映っていました。
持って生まれた才能が有るのでしょう。 茶碗や花瓶などの他に、金剛力士像や風神雷神などなど、多くの人物像も創られていました。
わたしは同年生だけに、心身ともに元気な人だなぁと、羨ましく思ったりしていたのですが、考えてみればわたしも絵心や造形才能などは無いものの、一応専門業者が毎年買い取ってくれる程の蘭を作り続けていることに、遅まきながら気が付きました。
テレビの陶芸家の人は、確か40歳位からでしたか、陶芸を始めたと言っていたようですが、わたしも随分昔から蘭商売を始めていましたので、仕入れの帳面を引き出しの奥から引っ張り出して確認してみました。
昭和53年12月に、最初に蘭を仕入れていまして、品物は月桂冠と寒蘭となっていますから、33歳の頃からです。
店を車で出ながら、今日が我が蘭商売の始めの日だな、と自覚したことまで思い出しました。
春蘭は昭和54年から初めていますから、今年が昭和100年ですから46年育てていることになります。
しかし最初の頃は、右から左へ仕入れては売るばかりで、自宅の小屋で育てるという事は余りしていませんでした。
当時はそれほど右から左に売れていた、という事なのでしょうが、わたし自身、余り蘭を育てる経験も少なかったのです。
育てると言えば、盆栽の方が専門でしたから。
蘭を育てることができ出したのは、今から30年ほど前からでして、それは盆栽の取り扱いが減って来た時期でもありました。
盆栽と蘭の取り扱いの違いは、まず運搬方法にあります。
盆栽は必ず仕入れ先にまで出かけて、トラックやライトバンに積んで来なければいけませんが、蘭は小包で送って貰えるので、体力的にまた時間的に随分楽なのです。
そのようなことから、わたしの年齢が上がるにつれ、盆栽から蘭へと商売の内容が移行したことも有るのですね。
今から考えれば、盆栽の仕入れには随分経費が掛かっていたものでした。
フェリー代、高速代、宿泊代、ガソリン代、そしてまたその上に無駄な動き。 当時はカーナビなど有りませんから、随分道を間違えたり遠回りしたりしたものでした。
その点蘭は業者に電話して(最近はラインで写真も見て)簡単な梱包で送って貰えるのです。
わたしも全国へ毎年送っています。 何時までできるかは判りませんが、年々育てる数を減らしても、育てられる体力がある間は育てて行こうと思っているのです。
蘭は軽いし、盆栽と違って植え替えも時間を取らないし、数さえ多く無ければ80歳でも充分に育てられますから。
テレビの陶芸の方は、随分多くの作品をギャラリーに並べていました。
長年の間に創り上げた作品が溜まっているのでしょう。 陶芸作品は水も掛けなくて良いし、肥料も必要無いし消毒も要りませんね。
台風が来ても、元々家の中ですから片付けなくても良いようです。
ただ陶芸の方は、保管より、作出の方に大きな精力が要るようですね。
蘭は保管と言うか、育てることに精力を使います。 そんなことで、トシと共に育てる数を減らす必要があります。
一方陶芸の方は亡くなられても作品は残りますが、蘭の培養は辞める時は処分しますから、蘭小屋だけが残ることに成ります。
87歳で亡くなられた蘭友の家の庭にも、蘭小屋がポツンと残っています。
時々通りがけに蘭小屋を見ますが、寂しいなぁ・・・と思うとともに、蘭友もあの小屋で良く楽しんだものだなぁ、とも思うのです。
わたしもあと何年蘭を育てることができるのか。 陶芸家の人には負けるかも知れませんが、わたしもまだまだ楽しんで遣れていますので、今日も植え替え作業を続けて行ってるのです。
テレビの陶芸家の方が同年生だったということから、ついつい蘭話にお付き合いさせてしまいました。


