久しぶりに吉村さんの本を読みました。
例により藤沢さんの本を読んでいまして、巻末の出版物一覧を見ている内に見つけた本なのです。
「死顔」という題なのですが、読んだような、読んでいないような・・・、記憶が曖昧ですから、取り合えず藤沢さんの本を借りる際に、図書館で借りて帰りました。
この本の内容はエッセイが三作、創作が二作の構成になっています。
ひとすじの煙 これはエッセイです。
二人 これもエッセイです
山茶花 これは創作です。
クレイスロック号遭難 これも創作。
死顔 これはエッセイです。
そして最後に妻である津村節子さんの 遺作について ― 後書きに代えて の文章が掲載されています。
40代の頃からでしょうか、多くの吉村作品を読んできました。
最初に何を読んだのかは、憶えていませんが、もしかしたら「戦艦武蔵」だったのかも知れません。
多くの作品から感動を受けて、次々に読み続けて行きました。
そしてまた多くのエッセイも、深い興味を持って読ませて頂きました。
この「死顔」の中の、創作以外のエッセイは、それら多くのエッセイの最終章のような内容で、何れも既に読んでいた事柄の交錯した、懐かしい空気を感じることのできるものでした。
そして最後の津村さんの文は、吉村氏の死に至るまでの様子を描いた、我々吉村ファンにとっては衝撃的な内容となっていました。
読んでいる内に、既に過去に読んでいたことは判りましたが、再度読み進んで行くことで、わたしの年齢から来るところの受け止め方の違いも判って来ました。
吉村氏は79歳で亡くなられていましたが、78歳から80歳になるまでのわたしの体調の不調など考えますと、自分の病などは軽くて問題にも成らないことだったのだな、と思われてくるのでした。
そして作家吉村昭氏と同じ年代を20年間程過ごすことが出来たことが、とても好運なことだったように今更ながら思われてくるのでした。
2002年11月1日からはYahooの掲示板に 吉村昭氏の作品とその生き方 と題して数年間拙文を書き続けました。
そのことなどを改めて思い出し、その時拙文に付き合って頂いたお二人の同好の士に、今更ながら感謝の気持ちが湧いて来るのでした。