谷村桂子著「吉村昭の人生作法」を読んでの、続きです。

 

心に残った吉村氏の文章の中から、それに対してのわたしのいろんな反応を、拙文ながら続いて書いて行きます。

 

○   <著者の文章> 吉村氏は日々の生活では、けじめを重んじた。とりわけ大切にしたのが、季節感であり、季節ごとの行事と古くからのしきたりだ。

 

正月から始まり、節分、雛祭り、端午の節句・・・それらの行事は、人間が四季の中で生きる一つのけじめの意味を持つと説く。

 

<以下吉村氏の文章>

行事と言うものがなければ、人間の生活は、節の無い竹のように締まりのないものになってしまう。人間が他の動物にまさるものがあるとすれば、その一つは行事と言うものを持っていることだと思う。

それを煩わしいと嫌悪するのは、人間にあたえられた恵みを自ら放棄することになる。

 

わたしの家も、祖父は代々続く農家の次男坊で、わたしが子供の頃は祖父から二代続く商家ですから、季節の行事はいろいろと行っていました。

 

正月には皆で揃って新年の挨拶をし、二日には従業員の家族が年始に来て料理を食べ酒を飲んで帰り、子供は店の前の道で羽根つきやコマ回しをして遊びました。

 

しかし不思議なことに、近くの神社へ家族で初詣に出かけた記憶は有りません。 吉村氏は除夜の鐘を聞いてから、凍てつく空気の中、必ず付近の神社へ初詣に出かけていたようですが。

 

子供の頃、その初詣へ行かない理由を親に聞いた覚えはありませ。 ただ今から考えますと、我が家の祖先は元々○○一族と呼ばれた地元の豪族の一派だったらしく、近くの神社は、徳川時代に成ってから此方に入封した殿様の建てた神社ですから、云わば敵方の神社ということで、お参りには行かなかった可能性があるようです。

 

その徳川方の殿様が入封してから、我が家の祖先は武士から農家となっているようです。

 

それでも節分は家中で豆まきをして、雛祭りは、母が嫁入りの時持って来たらしきお雛様を座敷に飾り、わたしと弟も姉と一緒に手伝いました。

 

しかし端午の節句にはこれといった飾りは無く、二階の廊下側の外屋根に、菖蒲の葉を並べる位でした。

 

そして父が必ず、わたしの誕生後にのぼりを上げていたら、B29とグラマンが来て、慌てて逃げたという話をするのでした。

( のぼり、と言いますのは、鯉のぼりでは無くて、武者絵などを書いた縦長の旗のようなものです。)

 

そして時代は変わりわたしとしては、となりますと・・・、別にこれっといったことは何もしないのです。 一月一日は、朝に猪口一杯の酒を飲み、お餅をインスタントのお吸い物に入れて食べたりするくらいでしょうか。

 

後はもうなにも行事らしきものはしなくて、行事を嫌悪はしていませんが、吉村氏に言わせれば、まるで節の無い竹生活です。 

 

子供が小さい頃には、ガラス箱に入ったひな人形を出したりしていましたし、豆まきもしていましたが、その後もう何十年も行事らしきことはしていません。

 

子供の七五三もしませんでした。あれはテレビに乗って此方にまで来たもので、元々我が町には無かったことですから、発想すらありませんでした。

 

テレビに乗って来た、と言いますと、恵方巻というものもありますね。 あれも何のことだか、ここ20年程前からスーパーで騒ぎだしているようですが、我が家では縁の無い外来物になっています。

 

その一方で、子供へのクリスマスプレゼントはしっかりしていましたから、可笑しなことですね。

 

クリスマスプレゼントは、わたし達が子供の頃から貰っていましたから、子供にしてあげるのは当然のことだったのです。

 

あの朝の喜びは、やはり子供にも与えてやりたいですからね。

 

いろんな昔からの行事の多くが、我が家ではどうして途絶えていったのか。

 

これはわたしの、大阪での9年弱の生活が起因しているようでもあります。

 

独身生活が8年程続き、一人で安アパートで生活していますと、季節の行事というものには全く縁が無く成ってしまいます。

 

忙しい仕事に追われ、アパートにはただ寝るだけに帰っていたような生活でしたから、町中での行事を気にすることもありませんでした。

 

そのような生活から帰省しましたので、そのまま季節の行事と言うものは最小限になってしまったようです。

 

そう言えば、父の代までは祭日には日の丸を玄関先に掲げていましたが、わたしの代では途絶えてしまいました。

 

高校を卒業して、そのまま家業を継いでいれば、吉村氏のように季節の行事を大切にした人間に成っていたかも知れません。

 

そういえばわたしと同じ年代や、少し下の人でも、地元にずっと居た人たちの家は、いろんな行事を大切にした生活をしているようでもあります。

わたしは生まれより育ちの影響で、吉村氏に言わせれば、節の無い竹や、無国籍人間のような、締まりのない生活をしている人間の代表のような者のようです。

 

そして今では、どうかこのまま、締まりのない平穏な生活が続きますようにと、願っているのです。

 

 

先日も仕入れに行ってきました。 市場の花の一部です、バラの確認でいろいろな写真が撮れませんでした。

 

バラが出て来ました。注文品が数品ありますから、どの部分を買うべきか選り分けが必要だったのです。

 

 

 

ブーゲンビリアです。 この色の品種は丈夫ですね。