映画「紳士協定」を観ました。 例によりレンタル店でTVドラマの「グッドドクター」を借りて、何時ものように期待もせずにドラマ部門の棚を眺めていたのですが、ふと興味の湧きそうな題名があります。

 

手に取ってしばらく眺めましたが、直ぐには観たものか観て無いものか区別が付きませんでしたから、とりあえず借りることとしました。

 

グレゴリー・ペックの主演と成っていますから、つまらないものでは無いだろうとは思いましたが、カバーになんと、アカデミー作品賞、監督賞、助演女優賞と記されています。

 

そのような作品で知らないはずは無いのだが・・・と思いましたが、1947年の公開となっていますので、一応納得です。

 

わたしの経験では(多くの方がそうでしょうが)、アカデミー賞の中でも最も信頼の置けるのが作品賞と成っていまして、次は監督賞ですので、これはもう既観でも未観でも関係無いこととなりました。

 

映画を観始めて思わず「オッ」と声が洩れましたが、監督がエリア・カザンなのです。

 

何本かの監督映画を観ていますが、久しぶりのカザン作品です。 社会派と言えるような映画の多い監督ですから、これはもう自然に期待が膨らみます。

 

映画の内容ですが、これがなんとまぁ地味な内容です。 映画としては珍しきことに、エンターテイメント性というものは有りません。

 

~~ ここからネタバレが出現しますので、ご注意ください ~~

 

この映画のテーマは、~ 当時のアメリカにおける、アメリカ人のユダヤ人に対する感情とは・・・~、というものですから、日本人のわたしにはちょいと親近感?が・・・、となるのですが、その一方では時代として、またアメリカでの人文学としてまた民俗学として(という程のものでも無いですが・・)の興味が湧くテーマであることも間違いはないのでした。

 

日本人のわたしには、と書きましたが、以前見た「オッペンハイマー」にもこれは感じましたね。

 

映画「オッペンハイマー」におけるオッペンハイマーに対しては、先ず何よりも名前を聞いただけで、日本人のわたしには広島長崎の惨状画像が頭を過るように成っていますからね。

 

これはわたしの年齢から来るものでもあるのでしょうけど、原爆の父と呼ばれた人の背中には、広島と長崎の無辜の民の悲惨な姿しか見えないようになっているのですね。

 

日本人のわたしには・・・、これは極自然な現象だろうと思のです。

 

さて、アメリカにおける対ユダヤ人感情ですが、これはオッペンハイマーに感じるものとは全く異なるものです。

 

まずユダヤ人蔑視の中には、キリスト教信者故の感情があるのでしょうが、仏教が家の宗旨となっている多くの日本人にとっては、実感として伝わってくるものがどうしても希薄で、想像の域となってきますからね。

 

現在のアメリカではどうかわかりませんが、1947年当時のアメリカでは、どうやらユダヤ人(ユダヤ教信者)蔑視の感情は、日常的により深いものがあったようですね。

 

主人公のジャーナリスト(G,ペック)は、ユダヤ人蔑視のアメリカ人に対して、問題提起すべく連載ドキュメント記事を起こそうとするのですが、まず書き始めの取っ掛かりで苦労します。

 

そこで彼は以前も使った手法をつかいます。 彼はホームレス問題を書く時には自身がホームレスになり、ホームレスの目から見た社会を書いた経験があるのですが、今度は自分自身をユダヤ人として、世間と付き合ってみることとしたのです。

 

そうしましたら、やはりいろいろな問題が出てくるのですね。

 

一流ホテルで名乗ればチェックインできなかったり、子供がユダヤ人の子ということで仲間に虐められたり・・・、そのようなことから、婚約者がパーティーの中で、ユダヤ人を見下げたジョークを言う男に抗議しなかったことにも腹を立てたりします。

 

そしてそのパーティーに関連して、ここで「紳士協定」という言葉が出てくるのですね。

 

つまり紳士淑女は、ユダヤ人蔑視の場に遭遇した場合、そのようなことには関わらずに、蔑視の言葉を吐く輩はスルーして話題を変えるなりすべしという、暗黙の慣習を守って行くべきだ、ということになるようなのです。

 

しかし主人公のジャーナリストはそのことにも納得はしません。 あくまでもユダヤ人蔑視の言動には、真っ向から反対の意思を態度で示すべきだ、との考え方で、婚約者との関係もおかしな雰囲気と成って行くのです。

 

この場合の 紳士協定 は、今日の日本でも普通に良く見られますね。

 

何度か聞いた言葉に「他人同士で話をする時には、政治と宗教の話はするべきではない」というのがありますが、正にこんなところでしょうね。

 

わたしもその教えは守っているほうです。 しかし余りに根拠のない誹謗などを聞いた時には、その限りではありませんけどね。

 

意識して小さな声で、「それはおかしな話ですね、云々・・・」と言ったことは何度もあるようです。

 

この映画の主人公は、当時のアメリカでも珍しい存在だったのでしょうが、映画製作の意図も含めて、アメリカ的と言えば言えそうな気もします。

 

年月が過ぎて、今日のアメリカでは、ユダヤ人に対しては当時ほどの差別傾向は無く成っているような感じがしますね。

 

昨日のニュースでは、イスラエルの戦争政策に反対するデモ隊が、トランプタワー前を占拠して、反ユダヤ主義を禁止する法律違反として主導者が逮捕されたそうですから、何か時代の大きなギャップを感じてしまいました。

 

日本で言われてきた「和を以て貴しとなす」は、もはやガラパゴス語に化したような感じもします。

( 映画「紳士協定」に付いては、最後の方までは書きませんでした )

 

 

椿の花が咲き始めました。 肥後椿の花ですが、幹は山で掘って来たものに接ぎ木しているのです。

足元はこんな感じです。

此方の足元は・・・複雑です。

 

今日は朝から雨で、仕事ができません。 明日も雨のようで、骨休めにはなります^^