昨日は蘭小屋で―2度まで下がっていたようです。 小屋の中では、この温度までは蘭の鉢の土は凍らず、-2.5度に成りますと凍ることが有るようです。

 

そして今朝はパソコンでは―1度となっています。 パソコン予報では昨日は0度でしたが、実際には―2度まで下がりましたから、今朝は何処まで下がっているやら、まだ外へ出ていませんから判りません。  寒いからなかなか外へ出ません^^;

 

それで昨日の午後には蘭の鉢にたっぷりと水遣りしておきました。 鉢の中の土がたっぷり水を含んでいると、土全体が凍り、根に害は無いとされています。

 

反対に鉢の土が乾いていると、根の中の水分のみが凍り、根が傷むと昔から言われているのです。

 

この場合、盆栽で習ったこととは一見矛盾するようですね。

 

盆栽では昔から、冬季の水遣りは午前中にして、夜間の凍りを防ぐ、とされているからです。

 

しかしそこは、それぞれの根の形の違いから来ている教訓と言えるようです。

 

盆栽(樹木)と蘭では、根の形が全然違いますから、上記の違いが出てくるのでしょう。

 

春蘭の根は素麺よりはやや太く、ウドンよりは細くて根の中に水分を含む機能がありますから、その水分が凍ることを嫌う訳ですね。

 

朝の温度が―2度より下がりそうな時は、水遣りと同時に写真のように不織布を上から掛けます。

 

寒い朝が続くときは3日位掛けたままの時もあります。 従って何も見えませんね^^;

 

 

最近は白石一文著「ほかならぬ人へ」直木賞を読み終えました。 まあ気分良く読める小説でしたが、一人トシの割に悟りを開いたような女性が登場します。

 

小説の中では重要な位置にいる人なのですが、その33歳の女性の台詞に感心させられました。

 

その一つが 「人は自分に裏切られながら生きて行く・・・」で、次には「そんな自分に慣れなければいけない・・・」 という言葉が後から出て来ます。

 

わたしは最初の言葉が出て来た時、その意味が直ぐには解りませんでした。 自分に裏切られながら・・・、自分で自分を裏切るとはどういうことだろうか・・・。 それでぼんやりとその意味が形作られて行ったのが、次のようなことなのです。

 

例えばそれを自分に当て嵌めて考えた場合。 子供の頃、自分はもっと早く走れる子供だったのではなかったのか・・、との理由無き思い込みと現実との差。 

 

それらが大人に成っても続いて行くのが現実なのだ・・・、と言うようなことではと思い。 人は自分で何の保証もなく持っていた自分自身への期待から、裏切られながら生きて行く、という事を語っているのではとの思いに至りました。

 

正解かどうかは判りませんが。

 

しかしそうであれば二番目の「そんな自分に慣れなくてはいけない」にはちゃんと繋がるのですね。

 

そんな自分に慣れながら生きて行く・・・。 それならば、わたしとしては別にお手のもののことなのでした。

 

しかし如何に苦労したとはいえ、33歳の女性が語る言葉としてはちょっと・・・、とは思いましたが、まぁそのような人も居ないとは限りませんから・・・。

 

昨日もまた図書館で次の本を借りて来ました。 今度は何か暗そうな小説です。 読めましたら題名を書きましょう。