磯崎憲一郎著「往古来今」泉鏡花賞を読み終えました。 と言いましても、この本は短編集で、「過去の話」「アメリカ」「見張りの男」 「脱走」「恩寵」(おんちょう、調べましたら、神仏や君主が恵みある愛をあたえること)となっていますが、わたしが読めたのは最後の二作品だけでした。

 

この本の構成は面白く?、前の三作は抒情的エッセイ風で、後の二作は、「恩寵」の方はハワイ移民の新聞記事的筆致内容、「脱走」は画家山下清を絡めた脱走小説風となっています。

 

言い換えれば前作三篇は形而上の世界、後の二編は形而下の世界、とも言えます。

 

前作三作はわたしにとっては余り面白く無くて途中で止めて、後の二作は興味を持って読めたのです。

 

わたしはどうにも面白く無い作品に遭遇した場合(良くありますが)、読みかけの所から飛んで、いきなり最後部から逆にページを読み返すことが偶にあるのです。

 

そうしましたらこれまた偶にですが、最後の方は結構面白くて、諦めかけていた所へ戻る直前から後半は、実は面白く読める作品だった、などということが有るのです。

 

勿論その読み方でも、最後もやはりそのままの調子で、それまでの面白く無さは変わらない場合の方が多いのですけどね。

 

それで今回も前作三作が面白く無いので、ダメもとで最後の「恩寵」から読んでみました。

 

そうしましたら「恩寵」は、明治初期の第一期ハワイ移住民物語といった内容で、その過酷な生活などが当時の国内事情などと併せて、新聞記事的硬質さで書かれていました。

 

「脱走」の方はまたガラリと小説内の空気が違い、一人の男の生き方が、山下清の脱走癖と絡ませて書かれていて、短編故の細事の省略がやや気になるものの、最後まで読めるものだったのです。

 

前作三作で諦めて放り出さなくて良かったです。 しかし泉鏡花賞って、どの短編作品が受けているのでしょうかね。

 

泉鏡花の本を読んだことがありませんので、そこは謎のままです。

 

次は直木賞の白石一文著「ほかならぬ人へ」を読み始めました。

 

どのような内容かは、何時もながら全く予備知識はありませんでした。

 

しかし最初のページ付近から少し好感がもてました。 それは主人公の青年が、いわゆる名家の出ながら、優秀な親兄弟の中で唯一の凡人として描かれているからなのです。

 

冒頭の文が 「俺はきっと生まれそこなったんだ。」 から始まります。

 

他の兄弟と違って、小学校の当時から成績が振るわず・・・・と、その凡人ぶりが優秀な一家の中で如何に浮いた存在であったのか書かれているのです。

 

これには取り合えず好感共感が持てるのでした。 わたしも上の姉下の弟が共に勉強の出来る人達で、二人は小学校から高校まで常に副級長か級長でした。

 

その間に挟まれたわたしは、凡人そのもので、勉強程つまらないものは無いと言った考えの生徒だったのです。

 

そのくせに高校は進学校へ入ったので、勉強は常にビリに近く、毎日の図書室通いに高校へ通っているようなものでした。

 

多分本は一番多く読んだ筈です。 進学校ですからそんなに勉強以外の本を読む生徒は他に居なかったからなのです。

 

小説「ほかならぬ人へ」はそのような導入部から始まります。 今後どのように展開していくのか楽しみです。

 

この小説は、どうやらわたしの最近の読書歴からしましたら珍しい、現代の生活の中の男女関係が描かれているように思われます。

 

 

年末からの予定通り、ちょこっと仕入れに行ってきました。 目新しいのはプリムラ・ジュリアンくらいです。

春の先取りですが、数日したら温度が下がりそうですね。 眺めていると、つかの間暖かい感じがします。