今日は昼食後直ぐに、店から家へ子機での呼び出しがありました。 店と家とは3m程しか離れていませんから、連絡は店に置いた固定電話の親機から、家に持ち帰った子機への呼び出しで通じるのです。

 

親機からの娘の用事は様々ありますが、娘では解らない蘭のことや盆栽関連の用事が多く成ります。

 

しかし今日の用事は違っていました、娘のやや当惑したような声で「○○の吉田さんが、今年はまだシクラメンが入らないのと言ってるで」とのことです。

 

あっ・・と暫し絶句して・・・そうかじゃあ代わるはと電話を代わりました。

 

吉田さんは何時もの甲高い声で「何時もはシクラメンが入ったら電話してくれるのに、今年は遅いなぁと思ってたんよ、どうなん?」

 

「あ~~」、立て続けに喋る何時もの調子に割り込まねばなりません。

 

「いや、もう入ってるんやけど、連絡するのも何か押し売りみたいで悪いな・・と思って、連絡しなかったんやわ」

 

「なんやいくら待っても連絡が無いから・・もう年末やないの、毎年白と赤を一つづつ買うのに、まだ有るん?無いん?」

 

「有るよ有るけど赤が一鉢しかないんよ、それで良ければ持って行くで」

 

「一鉢ではガソリン代がもったいないな~」

 

「いやそれは大丈夫やわ、カレンダーも妹さんのと二つ持って行くわ」

 

「そう、それじゃあ頼みますわ、待ってるから」

 

実は娘と「今年はとうとう吉田さんから連絡なかったなぁ・・」と何度か話してたばかりなのでした。

 

11月末にシクラメンが入ってから一番に、吉田さん用にと赤白一組を用意していたのですが、連絡を待っていても無いので、次々と売れて行きとうとう残り一鉢に成ってしまいました。

 

吉田さんは、現在車で20分ほど離れた地区に住んでいますが、それまでは15年ほど前に大阪から引っ越して来て、わたしの家の裏路沿いに住んでいたのです。

 

わたしも大阪で9年近く生活していたこともあり、直ぐにご夫婦と親しく成り立ち話なども良くしていました。

 

そしてその当時から年末にはシクラメンの赤白一組買ってくれていたのです。

 

しかし今から5年ほど前におとなしい穏やかなご主人が亡くなり、パキパキの大阪弁の奥さんは義理の妹さんの近くの地区へ引っ越して行きました。

 

それでも毎年年末には赤白のシクラメン一組を買ってくれて、家に着けば懐かしくて話が弾んでいました。

 

ご主人の話が出ると奥さんは涙を溜めて、それでもにこやかに話してくれていたものです。

 

そんな中の今年なのですが、わたしが変に気を回し過ぎたのか、何時もは奥さんや義理の妹さんからの電話が有って配達に出かけていたのか、それとも何度かはわたしから連絡をしていたのか思い出せず、それにまたコロナやなんやが流行ったせいも多少有って、ここは奥さんから連絡が有るのを待った方が良いかもな・・・と、なっていたのでした。

 

それで何時ものパキパキの大阪弁で「今年はどうなってるん・・・」とやられて目が覚めて、「ハイハイそれじゃ配達に行きますよ」となったのでした。

 

田舎の狭い路をクネクネと走って家に着くと、一年ぶりの懐かしい話に時間が止まります。

 

それは主に以前住んでいた我が家の付近の話などですが、帰り際にトシを聞かれ「もう一月足らずで80ですわ・・・」と言いますと、「若いわ~~わたしなんか89やで、まだまだ今からや頑張りや!!」と、これもパキパキの大阪弁でケツを叩かれてしまいました。

 

 

バラの花が最近になってようやく開きました。寒いですから、なんとなくキリッとしているようでもあります。

白い方は仄かにピンク色が乗るのですが、写真ではわかりませんねぇ。