吉田修一著「横道世之介」という小説を読み終えました。

 

「マンガ 日本の歴史」を読み終えまして(読んでる間いろんな本も併読していますが)何かないかなぁ・・・と、目的無く次の本を探すこととしたのですが、このような時以前も使った奥の手で、図書館の棚から、背表紙に各種受賞の赤文字インデックスを貼られたものから手に取って見ることとしました。

 

いろんな受賞作品をパラパラとめくり、文体などから読み易そうなものを借ります。

 

今回のその方式で借りたものの第一号が、北村薫さんの「鷺と雪」直木賞受賞だったのです。

 

第二号は門井慶喜著「銀河鉄道の父」直木賞で、今回の「横道世之介」柴錬賞が三号目となります。

 

何れも期待に背かない良い作品で楽しめました。

 

この方式で本を借りて、好みに合っていればその作者の本を続けて読んで行くのですが、「鷺と雪」は面白いことに、娘に勧めましたら娘がその作者の北村薫作品にはまってしまって、既に何作か読んでいて、或る本などは逆にわたしに勧めてくれました。

 

さて「横道世之介」ですが、これはちょっと不思議な内容でした。

 

 >もう何年も前の作品で、映画化もされているようですが、まだ読んでいない方は少しだけネタバレもありますのでご注意ください。<

 

この作品は、まず時間の移動がポンポンと平気に有りまして、読んでいる者を翻弄します。

 

しかしそれぞれ内容が不意を突かれて面白いものですから、えっなになに、どこに行った?・・・感覚で、つい読んでしまうのですね。

 

ただ、世之介の日常生活は特に目立って面白い場面は(わたしとしては)無いのです。

 

平凡な学生の平凡な生活が続いて行くばかりで、(若い頃大阪で働いていた時代、大学生の友達が数人居ましたが、特に勉学に熱心な人以外は、ほぼ小説の中のような人たちだった気がして)これといった目新しいことは無いのですが、まぁ淡々と読み進んで行けます。

 

そんな中、一つの事件が20年ほど進んだ時間移動の中で起こるのですね。

 

読んでいる者としては、その事件を物語の途中で知らされてしまいますから、より早く続きを読みたくなります。

 

今か今かと読んでいる内、平凡な生活の中から話はグンと進んで、現在時間がその20年後の世界になるのですね。

 

主人公世之介の学生時代の彼女はその後外国で働いていますが、二人の別れた経緯は、― 何でもない些細なことで・・・。としか書かれていません。

 

何年かぶりに帰国した彼女が、何となく世之介の声を聞きたくなって世之介の実家に電話して、その事件を知ることになるのですが、最後は世之介の母親からの彼女当ての手紙の内容で終わっています。

 

この小説の構成は、時間の移動で登場人物達の立ち位置のようなものを描いて行きますので、最後まで読み終えても、あの場面は何処にあったのか・・と、探しに戻りたくなりますし、何処でどう繋げているのか、再確認をしたくもなります。

 

それはやはり主人公世之介の或る面頼りなさから来る、時間を超えた迷い子探し、のようにもあるように思えるのです。

 

彼女が世之介を「なんにでもYESという人」と評していましたが、そうですね~そういわれればそんな学生友達も居たなぁ・・と、遠い昔を懐かしんでしまっていました。

 

世之介という、一人の心の温かい青年のことを、この本の作者は話したかったのかも知れません。

 

 

春蘭です。 「匠」という名前があります。