「マンガ 日本の歴史 44」を読み終えました。
この巻の副題は 民権か国権か となっています。
1874年(明治7年)から1889年(明治22年)までの間の世情が書かれていますが、主なる事柄は、初の憲法発布に至るまでの政府や国民の動きになります。
この巻で一応古代からの歴史は終巻となるのですが、この文集では次にまた旧石器時代から縄文時代の内容が45~48巻まで4巻に亘って書かれている、変な構成となっています。
最初の1巻2巻で、稲作を始める倭人と、邪馬台国と卑弥呼のまつりごと、が書かれていたのですが、途中でそれより前の時代が落ちていたことが、気に成り始めたのでしょうか。
此処では判り易い自分にまつわる事から書いてみようと思います。
我が家の墓には、昭和21年○○還暦の年建立、と彫られていますので、1946年時に墓を建てた祖父が60歳か61歳だったことが解ります。(満年齢かどうか分かりませんので)
父から聞いていませんので正確には分かりませんが、そうしますと祖父の誕生年は1886年(明治19年)では、と思われます。
それで1886年時の事柄を見てみました。
現在から137年前のことですね。
余り大きな出来事はありませんが、帝国大学令公布と有りまして、詰襟制服、菱形制帽制定となっています。
この時代に大学令が出来、制帽と制服が決まったのですね。
祖父は高等小学校卒と聞いていましたから、大学に縁がありませんが、その子供の父の弟二人は東京と上海の大学に行っていますから、制服姿の写真は残っています。
戦前のことですから、この時の公布で決まった制服制帽だったのですね。
父の下の弟の方は、制服制帽姿に襷を掛けて、日本刀を持っていますから、学徒動員の時の写真のようです。
この写真を撮った時には、まさかシベリアまで連れていかれるとは思わなかったことでしょう。
幸い数年後に帰って来て、高校教師を無事に勤めあげました。
その後1889年には大日本帝国憲法発布。皇室典範を制定、となっています。
7歳だった高村光太郎は、憲法発布時の式典に向かう帝の行列を見ているようです。
見物人の最前列に土下座して馬車を見たそうですが、誰かから頭を強く押さえつけられてー見たら目がつぶれるぞーと言われたそうです。
それから約60年近く経って、終戦後わたしは祖父に連れられ、人ごみの中大通りを歩いた記憶があります。
家々の二階から前から道路いっぱい、今まで見たことの無い程の人の数で、祖父の手を握って駅の方へと歩いて行きましたが、何の為に歩いたのか、大人になるまではわかりませんでした。
最後に辿り着いたのが駅前の広場のようでしたから、大人に成ってから、あれは天皇の人間宣言を表明した全国行脚だったのだろうと、納得したのでした。
考えてみれば僅か60年弱程で、世の中は目まぐるしく変化して行ったのですね。
何時もながら話の方向が定まりませんが、次から歴史の本は、「45 旧石器人の登場」となるようです。
あと4冊読めば、去年から読み始めた歴史の旅は終わりそうです。
何が自分の中に残ったのかなぁ~~と考えてみましても、雲を掴むようで、卑弥呼の時代から憲法発布まで何が頭に残ったのかかいもく解りません。
ただ人間の生きる力の凄まじさと、反面のひ弱さのようなものが、それこそあざなえる縄の渦巻のように見えるような気もします。
そしてここ78年の平和は、奇跡のように思えてきます。
季節はずれの風蘭の花です。ピンボケになりましたが・・・。
