歴史の本の間に「ケネディー」大森実著を読んでいます。

 

歴史の本のようにスラスラとは進みませんが、今のところ止めようとは思いません。

 

ケネディーは、わたしが高校生の頃大統領になったようですが、全米で人気があったように、わたしにも好感の持てる政治家でした。

 

何故か、と考えますと、やはり演説の見事さが一番なのですね。

 

一般米国民にとっても、然程差は無いのでしょうが、海外の高校生にとってのアメリカ大統領は、時折見られるTVでの演説内容、また演説スタイルから位いしか、評価の材料は無いのですからね。

 

例外も有るのでしょうが、アメリカの政治家や財界人など、演説が上手い人が多いですね。

 

ただし本に寄ると、ケネディーの前のアイゼンハワーは、演説巧者でも無かったらしいですし、ニクソンもわたしの感じでは何か演説スタイルが憎損な感じで、上手いなーとは思わなかったのですけどね。

 

演説と言えば、アメリカ映画(特に政治関係)は比較的演説場面が多くて、そのユーモア感覚やエスプリに感心させることも多いです。

 

う~~ん、上手いな~~、と感じた時、どうして日本人は演説が余り上手く無いのだろうか・・、と考えたことがありました。

 

やはり英語だから上手い言い回しができるのだろうか、とも思ったのですが、わたしが聞いているのは英語ですが、字幕には日本語が出て、それを読んでわたしは感心しているのですね。

 

じゃあ日本人が日本語で話しても、上手い演説ができることに成るのですけど、それが出来ない。

 

練り上げられた脚本によるとは言え、やはり教育による経験の差としか考えられないようです。

 

それはそうと、「ケネディー」の最初は、ケネディーが大統領に成ってからのことから始まっていますが、キューバ危機以前の、アメリカによるキューバへの、キューバ亡命兵士の上陸作戦失敗から書かれています。

 

ケネディーの最初の100日間は散々な状況なのですが、国内人気は高いのですね。

 

わたしなどが、ただ訳もわからず好感を持っていた筈です。

 

TVでの見た目だけの評価とは、或る意味虚しいものですね。

 

本の方は、次はラオス、ベトナム問題や、特に東西ドイツ・東西ベルリンに関して、フルシチョフとのウイーンでの会談内容などが書かれています。

 

フルシチョフの言い分の目玉としては、ソ連も参加した戦争なのに戦後の日本をアメリカだけで管理している、東ドイツに付いては、ソ連が全面管理するべきだ、との基本的な考え方が有るようです。

 

ウイーンでのK・K会談(フルシチョフの名も頭にKがつくのですね)は、前哨戦のド・ゴールとの会談などなど、当時の様相が知れて興味深いものがあります。

 

まだまだ先の長い本で、毎日の少ない読書時間でどこまで読めますか、歴史の本と並行して読んで行こうと思っています。

 

もしかして、「ケネディー」を読んでいる間、歴史の本は5冊くらい読んでしまうかも知れません。

 

しかし「ケネディー」は何となく、立花隆氏の「サル学の現在」と似たような、むしろ科学的な面白みを感じるような気がするのです。

 

歴史の本と同じように 既に歴史 と成ってしまえば、そんなものなのでしょうか。

 

今のところ良い本に巡り会えた気がしています。 

 

何故か長くは見ていたくないような表紙です。 写真も大きくしませんでした^^;

 

今頃バラが咲きました。 こちらは大きくしても良いですね^^

サンダルまで写ってしまいました・・・。