志水辰夫さんの「みのたけの春」という小説は、わたしにとってなかなかに良いものでした。
久しぶりに時代物小説を読んで、これはホッコリする方の小説でした。
時代物の中にも、ご存じのようにいろんなジャンルのものがありますね。
歴史教科書的なもの、江戸の市井もの、武士社会もの、ハードボイルドもの、また時代的には戦国時代もの
江戸期もの、幕末もの、各論的には、漂流もの、学問もの、忍者もの、剣客もの、股旅ものなどなど。
わたしはどのようなものでも、自分に合う作品であればジャンルは問わず読んで来ました。
司馬遼太郎さんや藤沢周平さんの本を読み始めた時などは、楽しかったですねー。
多くの作品が有りますから、次に読む本に迷うことが無いのです。
ズラリと並んだ本を順番に読んで行けば良いのですから。そしてそれが皆楽しく読める作品ですから、わざわざゆっくりと読んだりしていました。
大体わたしは気に入った作家の本は、全て読む主義なものですから、文庫本、単行本を読み終えたら、その作家の全集まで借りてきて、読み残しが有れば虱潰しに読むようにしていました。
それで大体読みたい作家の小説は、ほとんど全てに近く読めるのですね。そしてまたその上にエッセイの類が有ります。
気に入った作家の場合は、そちらの方まで読みたくなりますから、目に付いたら読むのですが、小説とエッセイの類を比べた時、どうしても後者の方は必ずしも楽しんで読めないものがあります。
気に入った作家で、小説は楽しんで読めるがその他のものは余り読まない、という人に司馬遼太郎さんが居ります。
吉村昭さんにしても藤沢周平さんにしても、小説は余り読めないが他は読める大江健三郎さんにしても、エッセイも好きで良く読みました。
しかし司馬さんの場合は余り好んで読めません。
何故か、司馬さんの場合は、個人的なことはほとんど書かれないのですね。
戦時中戦車部隊に居たとの事なども、ほんの短い文でしか書かれていません。
そしてエッセイと言うよりも、学研的要素の強い文が多くなりますね。
「この国のかたち」ですとか「街道をゆく」ですとか、「文芸春秋」に載っている場合は必ず読んでいましたが、わざわざ全集までは読みませんでした。
未だに、司馬さんの個人的内面を書かれたものを読みたかったなぁ、と思うのですが、叶わぬ夢でした。
司馬さんの場合、小説上で、読者へのサービス精神が特に伺えますので、その付近で我慢するしかないのでしょうね。
わたしには司馬さんが「面白いでしょう、こんな話も有るのですよ・・面白いですね~ 」と言いながら、小説で人の機微を書かれていたようにしか思えないのです。
「飛ぶが如く」にしても「歳月」にしても、その他多くの小説も5回は読んでるものが多いのですが、何時もそのように感じているのです。
今回初めて遅まきながら志水辰夫さんを知りましたが、歴史の本と並行して、続けて読んで行こうと思っています。