今日はまた何日かぶりに少し雨が降っています。

店の方は野菜苗の販売狂想曲がようやく終わり静かに成って、どうにか一息着いたところです。

 

そうなりますと暇ですから、またまたサツキの本を引っ張り出して読んだり、また此処へ書く気にも成って来ます。

 

ポインセチアです。 何となく今頃に成ると仕入れます。

 

 

歴史の本は、12巻から13巻は、1028年から1141年までの出来事となっています。

 

次々に読み進んで行きますと、わたしの頭の中でまとめるのも難しくなりますが、大まかに言えば

 

◎天皇と摂関家である藤原家との、近づいたり離れたりする関係(姻戚関係等々で)が一つ。

 

◎それと主に東国に在る平家と、京の天皇、摂関家の近くを守る源氏との関係。

 

◎大きな寺社の勢力争い、それを鎮圧しょうとする中央政権。それに付属した荘園問題。

 

◎また地方に誕生して存在が隆盛化した地方部族との関係。

 

◎そしてまた元々都から派遣されて、地方の国司郡司を勤めた後京へ帰らず、地方に留まったままになった、地方軍事貴族団の存在(東国の平氏など)。

 

これらの存在が、それぞれの地域に居て、いろいろな相互折衝、また軋轢を起こしているのがこの時代と言えそうです。

 

 

ひとつには平忠常(地方軍事貴族)の乱があります。

 

都の検非違使の平直方 検非違使の中原成道の追討軍が鎮圧に出かけますが、これは夜襲で敗れます。

 

それで剛毅で鳴らした源頼信軍を出しますが、頼信の祖先の経基が清和天皇の孫ですから、経基を始祖とするこの一族は清和源氏と呼ばれて、東国武士を組織しているのですね。

 

源頼信軍は平忠常を破り、一つには地方軍事貴族の自立の可能性を否定する結果に、暫くはなったようです。

 

 

また1050年大和朝廷に恭順の意を示していた陸奥の蝦夷人ですが、陸奥六郡の司,安倍頼良が反乱を起こします。

 

また姓のことですが、ここまでで中原、安倍と言う名が初めて出てきます。

 

安倍氏は元々都とは縁のない陸奥の酋長(おさ)を自認しています。

 

安倍軍を攻める源頼義、長男義家(八幡太郎義家)の部下の武将に、佐伯経範という者が居りますが、僅かな兵と突撃するが敗れる、とあります。

 

ここで佐伯姓が出て来ます。

 

頼義は出羽の俘囚の長、清原真人兄弟に助力を求め、安倍貞任を破る。

とありまして、清原姓が出てきます。

 

もっといろいろな姓が出るかと思いましたが、東方の安倍攻撃関係ではここまでです。

 

中原さん 佐伯さん 安倍さん 清原さんは今でも良くある姓ですね。

 

次に名前に関しては、後三条天皇の記録荘園券契所の寄人(よりうど)として、大江匡房(まさふさ)(29歳)と言う人が出て来ますが、この人はなかなかの文書家で学者で、長く天皇を支えるようです。

 

大江姓から、直ぐに大江健三郎さんを思い出してしまいました。

 

やはり血は争えないか・・・などと・・・。

勝手に決めつけては申し訳ありませんが、何となく当時はどのような文章を書いていたのか、やはり難しい・・・、などと思ってしまいました・・・^^;

 

ついでに名前関連ですが、清和源治の系図を見ていますと

ここに書きました源頼信や義家の子や孫や子孫、縁戚にいろんな姓が出て来ます。

 

例えば 甲斐 佐竹 新田 足利 武田 平賀 木曽は木曽義仲その人 

 

これらの姓は、かの有名な人たちに繋がる姓なのでしょうね、そうとしか考えられないのですが・・これらの子孫が江戸時代にまで名誉の姓として名乗るのでしょうね。

 

当たり前ですが、日本の歴史には日本人の姓が出て来ますから、歴史音痴としては、その付近を気にしながら手探りで読み進んでいるのです。

 

それにしましても、わたしの知ってる人に平(たいら)さんは二人居られますが、源(みなもと)さんは居られません。

 

源田さんは元国会議員やプロ野球の選手に居られますね。

 

全国には源一字の方も居られるのでしょうけど、何故か聞いたことは無いようです。

 

源(みなもと)さんは何時の間にか宮本さんに成った・・、そんなことは無いでしょうけどね。

そうなると平山さんや平川さんも、元は平氏・・、と広がって行きそうです。

 

今日は図書館へ行きまして、歴史の本の続きを借りようとしましたが、14巻から先が数冊抜けていました。

 

どなたかやはり読んでおられる方が居るのですね。

それでまた、気に成っていた立花隆さんの本も借りてきました。