10月に成りました。涼しくなりましたら色々と忙しくなりまして、こちらへまとまったことを書く気力が湧いて来ません。

 

まず植物の植え替え作業が山積なのです。 優先順位も有らばこそ、いろいろ考えて居る間に次々と遣ることが襲って来ますから、目の前のものから片付けているのですが、落ち着いたら本来在るべき順序で作業を進めて行かなければいけません。

 

そしてその間にはヤフオクへの出品、発送も有りますから、植え替えはそれらも考えて遣る必要が有ります。

つまり、キッチリと植え替えたあと、その蘭を出品するようなことの無いように・・。

 

出品する場合、根の状態も写真に撮りますから、せっかく植え替えた蘭をまた鉢から出して、二重の作業をしてしまうことに成るからなのです。

株分けも同じように、一株の中の一部を出品する予定の物は、植え替えも出品時まで後回しに成ります。

 

まぁ余りこんなことを書いても面白く無いでしょうから話題を変えますが。

 

今もまだ面白い戦国時代の本を読んでいます。

もう一か月間位に成っているようです。

 

これが相変わらず面白いので、終わりまでシッカリと読んで行くつもりなのです。

ここで面白いエピソードを挙げれば良いのでしょうけど、書き写すのはなかなか面倒です。

 

一つだけ書きますと、織田信長が外国の宣教師に(フロイスの場合が多いようですが)いろいろ語っているのが記録に残っていますが、その中に『信長は「人間は死んだらなにも残らない」と断言した』と言うのがあります。

 

今から4~500年前の人間で、既にこのようなことを語っている者が居るとは・・・。

と驚きましたが、そこから考えますと、比叡山延暦寺の大量虐殺や、その他の数々の大量殺戮は、この「なにも残らない」との信念の上にこそ実現できたのだと、解釈できるのですね。

 

現代社会でも多くの人が宗教を信じている訳ですが、信長は西暦1500年代の半ばの時代にそれを全面否定していたのでした。

信長がキリスト教の布教を国内で許したのは、第一に貿易による利益の追求と、海外情報を得るために有ったようです。

 

秀吉や家康のキリスト教対策には、国政への影響を嫌ったことが主なる原因になってたようなのですが。

信長は、根本的な所で、無宗教主義、という考え方から、ものごとの全てが発しているように思えました。

 

まだまだ本は続きますが、今月中には読み終えられるようです。

今からまた植物の水遣りと植え替え作業をします。

 

お客さんが、台風でサツキが棚から落ちて、頭の枝が折れたから、と言って持ってきてくれました。

それで裏表を逆にして、やや起こして植え替えてみました。

そうしたらちょいと面白い姿になりました。

 

こんな木で遊ぶのはとても楽しいのです^^