エッセイ集「私の好きな悪い癖」から何事か書いてみようかと思いましたが、やっぱり「アメリカ彦蔵」を読む方へ行ってしまいました。
久しぶりに吉村昭氏の文を読みましたが、やはり当たり前ながら独特です。
以前わたしは吉村氏の文章を学研風、と言ったことがありましたが、ちょっと面白い世界史の教科書を読んでいるような感じがします。
(因みに当時、司馬遼太郎氏を講談風、山崎豊子氏を浪花節風と感じましたが)
わたしは高校時代、唯一勉強に力を入れた学科が 世界史 でした。
それは何故か、担任先生の話が面白かったからなのです。
古代ローマの話や、ヨーロッパの歴史の逸話を、教科書から離れて先生は良く話してくれたものでした。
わたしはそれらを一々ノートに写して、読み返しては楽しんでいました。
そんなことで先生への恩返しではないですが、世界史の試験勉強は唯一頑張ったのです。
余談ながら(司馬遼太郎氏は、この余談が多くて面白かったりイライラしたりしたものです)世界史で良い点を取るには、自分で試験問題を(考えながら)作って、暫くして自分で解いて、その後自分で採点するのです。
そうしますと、試験に出そうな要点は良く憶えることができました。
因みに日本史の授業は先生に馴染めず、全然ダメでした。 と言うより、他の学科は全てダメでしたけど・・・。
そんなことで目下面白く「アメリカ彦蔵」を読み進んでいます。
次には娘が読むのを待っていますから、あまりのんびりとはできないのです。
わたしも娘も津本陽氏の「椿と花水木」以来、江戸時代末期の難破船漂流物語には興味津々なのです。