立花隆さんの「サル学の現在」を読み始めました。 この本の存在は随分前から知っていましたが、目の前のいろんな小説に手を出している内、ついつい後回しとなっていたのです。
と言いますのは、わたしにとってのこの種の本の内容は、わたしの個人的な思索の中心に在る問題の範疇に入るものですから、過去にもいろんな関連する本を読んでいまして、是非読みたいのだけれど、大体は想像の範囲内なのでは・・・、との思いがあり、何時かは・・・とは思いながらつい後回しとなっていたのでした。
それで今回はまた何かの折にふと思い出しまして(新聞による立花さんの訃報記事からでしたか)、今度こそと、読み始めることにしたのでした。
本当は「サル学・・」の前に「田中真紀子研究」の方に関心が行きかけたのですが、まてまて、それをしていたらまたまた「サル学・・」が遅れてしまうと、雑念を払うように首を振ってから借りることとしました。
図書館で調べましたら現在館内に有るということで、書庫から出してきてくれましたが、本を見て笑いが込み上げてきました。
なんと本の厚さが5cm程あります。「現代用語の基礎知識」ほどは無いですが、わたしが読んできた本の中では最も厚い部類のページ数のようです。
やおら読み始めましたら、まえがき の中に、『サル学とはサル学で有ると同時に人間学でもあるのである。
』とありまして『日本サル学のパイオニアの一人である河合雅雄氏は自分の研究の動機についてこんなふうに語ったことがある』
『戦争が終わってみて、なんで人間は、こんなバカげたことをするんだろうと思った。こんなことをする人間の人間性というものを、もう一度その大元にまで立ち返って、探ってみようと思った。そのためには、サルまで立ち返って人間性の根源を調べてみにゃならんと思った』とあります。
このことに付きましては、わたしもまったく同じことを中学生のころ考えたわけでして、それ以来関連する本を小説の間に(小説もそれに関連したことが多くなりました)読み続けていたのです。
高校を卒業し就職する時には考えたものです。
「自分には京都大学の霊長類研究所へ入る能力は全く無いが(サルとしても・・)就職して人間の中のサル関連を研究することはできるのでは・・・」
本は読み始めてまだ73ページ目で、まだまだ先は霧の中の状態です。
暫く「本の話」は「サル学・・」関連ばかりになるかもしれませんし、飽きてまた小説に戻るかもしれません。
どちらにしましてもわたしは毎日1時間ほどしか本は読みませんので、サルならず牛歩ほどの速度で進んで行くことになるようです。