今朝店を開ける前の慌ただしい時、TVを横目で見ていましたら、女性ソプラノ歌手の熱唱場面が写っていました。
鏡を覗いている娘に「前にも言ったけど、以前好きでなかった女性ソプラノの良さが最近解りだしたのよなー」
「うん、そうやなーようやく解りだしたんよな~・・・」娘はなぜか保護者のような口ぶりで答えます。
わたしは事実3年ほど前から女性ソプラノの良さが何故かようやく解り始めたのです。
それまでは男性の三大テノールなどを好んで聞いていたのですが、女性ソプラノはどちらかと言うと煩い(ノイズィー)もの、との思いの方が強かったのです。
多分数年前親戚の音楽好きの人が、シューベルトやグノー、カッチーニのアベマリア数曲を録音したカセットを聞かせてくれた時から、その兆しは有ったようなのですが、過去何度も聞いているはずの蝶々夫人の「ある晴れた日に」を聞いたある日、ふと女性ソプラノの艶、というものに心をこそぐられてのち、その良さが解り始めた気がするのです。
昔作家吉村昭氏がエッセイで語っていたことがありました。 「人は音楽人間と絵画人間に分けられる」と言うことでしたが、わたしはそれでいうと音楽人間に分類されるようです。
そして氏は、「音楽人間は外国語の会話の習得が、絵画人間より早いはずだ」とも言っていましたが、おそらく音と言うものに対する感受性のことを言ったのでしょうが、わたしの場合はそれに当てはまることは無さそうです。
10年以上年間180本位の洋画を見続けていますが、例えば英語は耳に入ってくるものの、未だに会話は字幕を見なければ解りません。
僅かに聞き取れるのは、メイビーとかビー・ケアフルとがトーキング・アバウトとかシュアーとかノー・アイディーアとか数えるくらいなのですね。
これらは良く会話に出てくるから解ります。 当たり前と言えばそのままですが、年間365日夜間の英会話教室に自室で寝たまま通っているのですから、せめて会話の3分の1位は解るように成っても良さそうなものなのですが・・・。
話はそれましたが、音楽人間たる者は、音楽を聴いて涙が出そうになることは有っても、絵画を見て涙が出そうになることは無いのですね。
先に書きました「ある晴れた日に」は、口ずさむだけで何となくしんみりウエットな気分になりますし、さだまさしの「精霊流し」何故か不明ながら詰まっては歌えないのですね。
クラシックでもポップスでも「良いなぁ~~」と心から思うことが有るのですが、反面絵画を見てそれほどは思えませんし、勿論涙が出そうになるようなことは有りません。
しかし絵画を見てそのような人が居られるとすれば、・・・それはそれでとても羨ましい気持ちにはなるのですね・・・。
朝の女性ソプラノから、ついつい話しが長くなりました。