119期第59回定期演奏会での部長挨拶

「私たちはコロナ下での3年間で思い描いていた3年間とは違っていましたが・・・」

 

とありましたが、初めてライブ視聴をしていた私も「思う描いていた橘と違う!!」

との怒りにも似た感情が湧き上がり、初めてのブログで思いの丈を書き殴りました。これが「幻のその1」でまさか200回も続く事になるなどとは考えもしなかった。こんな物を読む人がいるなんてことは想像だにせず、日記の一種との考えは今でも変わらない。(多少忖度することはあるけれど)

 

橘との出会いは半年前の台湾遠征の後、多分11月に入った頃か。YouTubeのチャンネルで武田邦彦さんが絶賛していたので少し覗いてみた。案の定一瞬で捕まり現在に至る。何も知らないので出てくる動画は全て京都橘(当たり前だが)、○○期とか○○のパレードとかの違いを区別できず同じ橘として受け入れてしまった。その結果、所謂オールド橘が頭の中に刷り込まれ上記の反応に繋がった。

 

思う描いていた橘と違う!!」と感じたアンチ記事はその後も何回か書いているが橘に対して思い入れが強すぎるだけなのだ。

 

しかし最初のショックは大きくトラウマのようで119期を纏めて振り返ることは出来なかったが、APOLLOさんの振り返り記事を参考に自分の中で整理してみた。

 

最初は5月9日のブラスエキスポ、交換コンサートとパレード。121期の新入生のお披露目でこの年からパレード曲からディズニーメドレーが無くなったそうですが、最近のパレード曲の多彩さを考えればこの決断は良かったと思う。

前年の「改革の嵐」がパレードにも及んできたということ。

私にも分かる部員の顔がある、この年の1年生は去年卒業して数日前に学年単独という異例の訪台を行い相変わらずの大歓迎を受けている。

動画の中にZ2(3?)がちらりと映り込んでいる、Z1も今年卒業だ。

 

5月28日のオープンキャンパスでのsingsingsingで初めて「キャー」という叫び声が消えた。歴代の顧問先生達が幾ら言っても決して譲らなかった伝統の灯が一時的に消えることになった。

6月15日には、テレビ番組「ブカピ」の撮影、7月23日には京都大会での京都国際高校を応援、8月2日「とうきょう総文」のマーチング部門に参加。8月9日、吹奏楽コンクールの京都大会、さらに8月13日には、「長崎国際音楽フェスティバル2022」に参加と凄まじい夏休みを過ごしている。

ハウステンボスでのパレードではサンバステップも様になってきた。また「レトロな雰囲気満点の広場でのマーチングステージ」は絵の中にいるようで橘にふさわしい場所でした。ただ「Round Midnight」と云う曲は未だに理解出来ないし、この頃の振り付けは今から見ると随分と単純だった気がする。

 

10月5日から台湾遠征、何度も見た映像だけれどいつ見ても新たな感動を感じる。singsingsingはオープンキャンパスでは従来と異なる演奏だったのが通常の物に戻っているし例の「キャー」も無事復活した。この間何があったのか分からないが1年生は2021年の改革の年を経験しておらず2025年の「騒動」の3年生。

 

憶測、陰謀論ですがこれを強引に進めたのが前顧問ではなかったのか。音楽性を重視しすぎたことで、この頃から少しずつ亀裂が生まれ始めた・・・(全くの想像にすぎない)

憧れて入った橘が「思う描いていた橘と違う!!」という意識が産まれたのかも・・という想念が出てくる。

 

翌年にはなるが定期演奏会のリハーサル風景の中に前顧問が卒業するDMさんに指揮の振り方を「熱血指導」しているのが映っていた。「完璧主義者だけどTPOは考えない」自らの道を行くタイプの人なのか。平松先生が選び、部員たちの心が離れていった夫々の理由が腑に落ちた気がする。あと1年の謹慎期間を経て復帰するものと思っていたけれど難しいかもしれない。

 

 

 

話は戻って台湾で一番人気になったのはDMさん、インタビューに答える時もしっかりした好感を持てる物でしたが、なんと言っても国慶節での「歩く」というより能役者の「歩む」と言う言葉に近い姿に魅せられたのでは無いか。「愛の賛歌」に至るまでの姿勢に魅了されてしまった。

 

 

最近マーチングコンテストを見ていて「上手な所は歩き方が違う」という気がします。精華女子の歩く姿は見ていても惚れ惚れするくらい綺麗です。

 

京都両洋や今年度の精華女子に欠けていたのがこの歩く姿ではなかったか・・・

 

10月23日「メリディアン・マーチングフェスタ」新曲を加えて充実したドリルステージ。29日の「PARADE & KITCHEN in ふそう」、10月30日「MARCHING CARNIVAL IN BEPPU 2022」、11月12日には、「京都府高等学校総合文化祭」20日には、「全日本マーチングコンテスト」で金賞、

12月も、26日の「心の絆コンサート」まで、怒涛のスケジュールです。

24日には、恒例になった「クリスマスコンサートin豊岡」です。

「フィールドアート」、「関西ステージマーチング」、「響け!ユーフォニアム コラボレーションフェスタ」などの毎年恒例のイヴェントをこなして、久しぶりの「京都さくらパレード」です。3月21日でした。

 

もの凄いスケジュールですが、これが橘だという先入観を植え付けられたのも事実です。だからこそ今期の有り様にとてつもなく不満が溜まっているわけで、去年の「不祥事」の為に謹慎中?とまで考えてしまう。新年度に期待します。

 

驚いたのはマーチング全国大会の前に台湾の蔡英文総統から応援のビデオメッセージが送られてきたこと、定期演奏会には祝辞まで寄せられていました。多分前代未聞、有り得ない、でもそれが京都橘なんだというファンとしての嬉しさ、誇らしさを感じた。

 

 

 

所で119期で最も有名になったのは「愛の賛歌」だけど、一番好きなのは(恥ずかしながら)「ラムのラブソング」なのです。可愛さを前面にだした振り付けに嵌ってしまった。最近面白いと思っているのは演奏の無い時そのパートなり部員が何をしているか?ボーッと立っている事は無く必ず何かの振り付け動作をやっていて休むと言うことが無くこれが実によく考えられている。最近はソロを聴くより後ろで何をやってるか?のほうが気になって仕方が無い。

 

 

ここまで来ればどうしても期待は高まってしまう、そしてその日が来た。

 

第59回定期演奏会、はっきり言って短かく肩透かしを食った感じだった。

 

第52回定期演奏会(2015年)の終了時での元顧問先生の言葉

「昨日はもの凄い入りだったので今日は大丈夫かと思っていたが、それ以上で立ち見や通路で見て頂いて申し訳ありません。もっと公演回数をを増やせば良いけれど、体力にも限界があり、うちのポリシーとして3時間を完全燃焼するので・・・」

とお詫びの言葉を述べられていた。(翌年は3日間の公演になった)

 

3時間の完全燃焼は何処へ行った?

演奏会そのものがスマート過ぎた、もっと涙に溢れる泥臭い物では無かったのか?

 

これが「思う描いていた橘と違う!!」の実態だった。これが解って初めて第59回定期演奏会は素晴らしかったと思えるようになった。

 

前年に引き続き演奏されたSingSingSing、前顧問のアレンジと言われているがオシャレでスマートなもので気に入っていたのに、何故か翌年から演奏されなくなった。

これも「思う描いていた橘と違う!!」

と言うことだったのだろうか?

 

改めてこの定期演奏会を見るとフォーメーションの作りが今と比較すると少し単純な気がした。120期の台湾遠征で驚いた記憶があるので何か一段進化したのかも知れない。それは今期にも繋がっていて新曲も予定されているという今回の定期演奏会、更なる期待が高まってくる。

 

イヤイヤ、勝手に思い描くのは止めておこう・・・

 

ー付記ー

思いも寄らぬことだが、とある方から定期演奏会のチケットを譲っていただいた、それも2日目である。京都橘の定期演奏会を見るのは大げさだけど生涯無いものと思っていた。

真に有難い事だが59回定期演奏会のトラウマを解消したお陰なのかも・・・・