おまえにできるわけねぇよ。 | ウェディングブーケを作る私の生活

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花のお仕事は優雅なんてウソウソ!一人で走り回ってるフラワーデザイナーの生活。


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今日は私の友人のこと話しますね。


私には中学3年の時の同じクラスで今でも年に2~3回飲みに行く

男女混合のグループがあって、20代の頃は8人くらい居たメンバーも

引っ越したり結婚したりで今は男二人、女二人の4人で会うことが多くなってます。

この4人は環境が変わっても相変わらず地元で会っては

近況報告をしている仲なのです。


全員が全員、もう20年以上の仲ということもあって、

自分の意見を飲みながらバシバシ語っているのですが、

20代前半の頃は、自分の夢なんかを発表しては、みんなの意見を聞いたりと

そんな飲み会が開かれていたのです。



23歳の時に 「私ね、花で食べていこうと思ってるの。」と私が発表したんですね。

そしたら一人の男子に、


「おまえにできるわけねぇよ。」


と、がっつんと言われてしまいました。


「花って1本いくらだと思ってんの?で、女一人だって食えるだけ稼ぐのって

大変なんだよ。無理無理、できないね。おまえには。」




「・・・。ははっは!そうかな~。そうかもしれないけど、頑張ろうと思って。」


と、私は笑ってその場は終わらせました。





その頃はまだOLで、フラワーアレンジメントの学校に通ってる頃だったと思います。

毎週土曜日6時間びっちり習う学校だったのですが、

毎週土曜日が楽しみで、こんなに花をさわっているのが好きなら

私の天職になるものなのかもしれないと思ったんですよね。


で、あっさり友人にできるわけないと言われてしまったんです。





でも、すごくくやしかったんですよね。すごく。

これはどうしても実現させないと・・・って思ったんです。



それから24歳でOLを辞めて、まずブライダル系のお花屋さんへ。

その後、ギフト系、葬儀系のお花屋さんで働いて

5年後の29歳でフリーのフラワーデザイナーになるわけなのです。



そして、初めて私のブーケが雑誌に掲載された時、

携帯が鳴りまして、


「今、本屋にいるんだけど、何ページに載ってるんだ?」


そう、ヤツからの電話でした。

設計士になるのがヤツの夢だった。そして、本当に橋の設計士になったヤツが

遅くまで仕事した帰りに本屋によってくれて、私のブーケを見てくれました。


「おい!!すごいじゃねぇか!やったな!!すごくきれいなブーケだ!!」




ほめてもらえた・・・。


この言葉を言ってもらいたかった。いや、言わせたかった。




私がこうしてフラワーデザイナーになれたのも、

花をさわっているのが楽しいし、寒いのも朝早いのも辛くなかったし、

ひとつのことを始めると飽きっぽくないとか忍耐強い性格だからもあるけれど

年に数回の飲み会の席で、「やっぱりお花屋さんになれなかったよ~。」と

嘘でも笑ってみんなに報告したくなかったからもあって。



「やっぱり無理だっただろ。俺のいうとおりだっただろ?」と

どうしても言わせたくなかったから。

↑もしかしたら、これが一番の理由かも。(笑)




IYよ、面と向かって言ってないけど感謝してる。ありがとうね。

お花見の季節だね。またみんなで語りたいね。

最近じゃ、お互いの同い年になる娘の話で持ちきりだけど。(^^)







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