女子W杯決勝観戦中も野球に馳せる想い… | スポーツ作家 佐野正幸のブログ

スポーツ作家 佐野正幸のブログ

佐野正幸の野球&芸能ブログ

なでしこ、前半半分もいかないうちに四点取られ苦戦中。しかし時間的な問題もあるので、野球ほどじゃないにせよサッカーでも何が起こるのかわからないのが勝負の世界…最後まで頑張ってほしいものです。
ところで僕はこの決勝を観るにあたり、むしろ試合前の方に思うところがありました。
まず試合開始前の君が代ってどうして感動的に聴こえるんだろうかということ。僕の世代は基本的に反体制の血が流れていて、君が代もその歌詞は、決して国民主権の現在に合うものではないと思います。でもそれを踏まえてもよく聴こえるんですよ。公式戦でも、君が代が終わり「よし今日は(も)勝つぞ!」とグラウンドに叫ぶのがお約束です。思えば1971年、18歳~大学一年のとき、初めて足を踏み入れた西宮球場での日本シリーズ対読売第一戦。君が代を起立して聴きながら、正面に八田(すぐ福本)、阪本、加藤、長池、森本と続く独特な縦並びのスコアボードを見たとき。列に加わらず、敵の三塁側ブルペンの堀内と共に一塁側で投げる先発足立の見慣れた華麗なアンダースローを見たとき。何よりベンチ前に今年こそと悲壮な決意で立つ恩師・西本監督を次々と視界に入ってきて、計らずも涙が溢れてきました。ついに日本シリーズの舞台に来たか、自分が選手でもないのに感激して立ち尽くしてたことを昨日のことのように思い出します。
もうひとつ、90%米国応援というスタンドを見て、第三戦からの後楽園の完璧アウエーな状況を思い出しましたよ。まだ10代、座った三塁側B席ではほぼ僕一人対一万人の中で、紙吹雪を撒き散らしながら長嶋(サード)と黒江(ショート)を口汚くやじりまくったんですから、怖いもの知らずでした。今はとてもできません。時間は過激な応援少年を優しく気の弱いおっさんに変えました(笑)
この日本シリーズが、生での非日本一人生の始まりでした。約半世紀はあっというまでしたね。なでしこ決勝を見ながらも、やはり野球に想像を走らすのは一生「野球人生が運命」の証拠でしょうね。