同僚に同じ世代、子供も年が近い女性がいる。
彼女はとにかくアピールがうまい。
「私、こんなに大変な状況だけど、がんばってます」というアピールが言葉の端々に出る。

私はものすごく苦手なタイプ。

私はどんなに大変な状況でも、助けてと言えず、顔にも出さないタイプなので、余計に鼻につく。
生きていくには彼女みたいなタイプが得をするのだろうけど、わたしにはやっぱりできない。

損な性格だとつくづく思う。

なるべく距離をとっているが、今日は久しぶりに何人かと一緒にランチをした。
彼女の旦那さんは単身赴任ので去年戻ってきたばかり。しかしまた4月から単身赴任だと言うのだ。彼女は自分の父親の介護もあり、「私がんばってるアピール」をよくするので、旦那さんのサポートを受ければ良いのにと常々思っていた。

「え?また単身赴任?!」
と言うと「まぁさ、大変だけど、人より早く出世してるからいいんだけどね」と彼女。
さりげなく?夫の自慢をブッ込んで来なくていいっつーの!いつも大変アピールのあとに、自慢が入るので嫌気がさすのよね。  

しかし、夫は下の子が生まれてからずっと単身赴任で、育児も介護も妻任せ。それを許してる妻もどうかと思うよ。会社に妻が一人で育児と介護してるのでとかって言えないんだね。社畜だから。
社畜を育ててるのは、私、ひとりで頑張ってて偉いでしょと全身からオーラがでてる女なのよね。

その場にいた同僚Cはなんにも言わなかったけれど、彼女が残業できないので、いつも遅くまで残業している。権利だからと育児短時間が終わった後も介護時短を取ったことにかなりがっかりしていた。

なんだか誰も幸せじゃないな。

私はまず、夫婦で協力することが、あとあと夫婦関係に大きく影響すると思う。


私の両親は変わっている。
それが当たり前だった。

私が30歳の頃に父が
アスペルガー症候群
(自閉症スペクトラム)
であることに気がついた。
きっかけは当時通っていたグループカウンセリングのカウンセラーに指摘されたからだ。

まず父は記憶力がものすごくよい。
学生時代は教科書を一字一句丸暗記して、
学年上位の成績を修めたとよく自慢していた。
また学歴を人一倍、気にする父は身の回りの人の学歴、出身校はもちろん、著名人や有名人の学歴も一度聞いただけで正解に覚えることができた。

父は目を合わせて会話することができない。
いつも伏し目がちに話をして、目を合わそうとしない。

友達がほとんどいなくて、親戚以外の交流がほとんどない。会社の人を「あいつはバカだ、アホだ、ケチだ」と家で罵り、付き合いが悪いだの相手が100悪いとう主張をしていて、会社の

決まったパターンが好きで、知っている道しか通らないし、知ってる店しか入らない。
また出かけた時は同じパターンで行動する。
子供の頃、母の実家が軽井沢に近かったのだが、そこでも同じ道、同じ店しか行かない。
よく私が「いつもワンパターンでつまならい」というと、それ以外の選択肢はないと言われた。
あんなに店も観光スポットもあるのに。

音に敏感である。
自分が見てないのにテレビが付いているとすぐに消す。CMになって画面をみてない時に父が通りすがると、すかさず「いま見てなかったじゃないか!」と言ってスイッチを消すことがしばしばあった。運転中に音がするのも、話し声がするのも嫌がった。子供の頃は父しか運転できる人がいなかったので、移動中にラジオや音楽をかけることは許されなかった。運転中に話しかけると怒ることもよくあった。

父は言外の意味を汲み取ることが苦手である。
昔、「チーズはどこへ消えた」という本が大ヒットした時、父にも読んでもらった。
読んだ人なら分かるのですが、ネズミとチーズは比喩で、どのように行動したらよいかを考えさせる内容なのですが、私の父は「なんだ、ネズミがチーズを手に入れるだけの話じゃないか」と言ったのです。比喩がわからないのです。

お笑い番組も嫌いでした。芸人がクイズ番組でわざとぼけていると決まって「こんな簡単な問題もわからないのか!バカだな!」と本気で嘲り笑っていました。

似ているのものを間違える。
そばとうどん、長ネギと玉ねぎ、マヨネーズとケチャップ、母の名に名前と娘の名前、姉の名前と妹の名前など近いものの名前をよく間違えます。

父は他人の気持ちが分からない。自分のしたいことを強引に押し付けて、いいことをしてやったと本気で思っている。
相手の気持ちを推し量るということはなく、ストレートに物事を言って、よく家族の気持ちを傷つけた。

父親は自分の思うとおりに家族が動かないと相手が従うまで攻撃する。私が友達のツテで安く買った時計を見つけて「それをおばあちゃんにあげたいな」と父に言われたが、なかなか買えない時計で、私もとてと気に入っていたので「気に入ってるからあげたくない」と伝えた。そのあと、毎日のように「おばあちゃんにあげたいな、ちょうだいよ」と言われ続け、それがいつしか「なんでお前はあげないんだ。ケチだな」と毎日攻撃されるようになりました。さすがに限界で時計を渡しました。今でも時計をあげたことは後悔していますが、あの時はそうするしかなかった。

特に気持ちを理解できないのはコミュニケーションがうまくいかない原因になり、言われたくないことを何度も言い続ける父。本気で殺したいと思ったことも何度かありました。

アスペルガーで検索すると、傾向にぴったりと当てはまるので間違いない。

確信してから、母に「父はアスペルガーではないか?ぴったりと当てはまる」とアスペルガー診断サイトを見せた。
母は「うーん、そうかもしれないけれど、いまさら変えられなから」と認めたような認めてないような曖昧な返事で終わってしまった。

それでも自分の中で、父がアスペルガーだと分かってから少し理解できるようになりました。
その一方で母にも原因があることに気がつきました。

母は父と共依存で、父のストレートすぎる発言によく傷つけられていました。母の実家から送られてきた布団を父は使っていたのですが、毎晩、布団に入るときに「田舎臭い柄だ」と決まって言うのでした。毎晩毎晩。
母は父の言葉に傷つけられてよく泣いていました。私は父の愚痴を毎日のように聞かされていました。
そんな母が不憫で私が父の悪口をいうと「そんな事いっても色々やってもらってるじゃない、感謝しなさい」と私が怒られるのです。
最終的には母は父の味方でした。

私は気持ちのやり場がなかったのです。


まだまだコートが手放せませんが
暦の上では春になりましたね。

春といえば人事異動、組織変更の時期。
私の勤める会社でも春に大きな組織改革があり、引っ越しを伴うフロアのレイアウト変更があります。

今回、部署のキャビネットを減らされることになり、みんなで協力してすこしでもスペースを空けているのですが、部署にいるふたりの御局様(定年間際)は微動だにせず。

自分のキャビネットを死守するのはもちろんのこと、共有スペースで空いてる場所を見つけると、すかさず個人所有のファイルをぶち込んでくる。

しかもだれも怖くて注意できない…。

私はちょいちょい言っちゃうので、ひとりの御局様からはかなり嫌われて嫌がらせされます。

そもそも御局様たちは紙の書類が多すぎ!
全社的にペーパーレス化を掲げているのに仕事のやり方を全く変えないのだから困りもの。
未だに仕事の依頼をFAXでうけている。
はたから見ていると改善点はごまんとありそう…。

部長はこの二台巨塔のおばさまたちに全く関わりたくないのが見え見えで、何か相談してすると二言目には「もう先はないからねー。」という。

それって定年までガマンしろってことですよね?ガーン

早く定年になっていなくなってくれたらいいのにと願うばかりです。
その1からのつづき

インフルエンザA型になりました。
胸が痛くて救急車を呼ぼうかと思ったけれど
吐いたらスッキリ。
呼ばなくて正解グッド!

熱は38.1どまで上がりましたが
早めにタミフルを飲んだので
それ以上は上がらずにすみました爆笑

翌日、お昼頃にようやく動けるようになり、
病院に行かねばと起き上がる。
しかし、かかりつけ医は今日は休診日。
行ったことのある予約制の内科に電話すると
4時なら予約が取れるとのこと。

すぐにてもインフルエンザの新薬を投与したかったので、見てくれそうな病院をネットで検索。
電話をかけると、診てくれるとのことで、
急いで向かった。

待合室には6人くらい待っている人がいた。

みんなマスクはしてるけどゲホッゲホッゲホとやばい咳をしてる人ばかりガーン

私がインフルエンザじゃなかったら逆にもらっちゃいそうびっくりと不安を抱えながら待つこと1時間。
長いよー。

診察室に入ると明るい赤茶色のふわふわした髪の老人先生が座っていた。
ぱっと見だとおばあちゃん先生かなと思ったけど、喋り出したら男性でした。

結果はインフルエンザA型。

その場でイナビルを2本吸入。
話題の新薬、ゾフルーザじゃなかった。

毎食飲まなくていい薬ってラクー♪

先週の水曜日。
寒気がひどく、予算提出の締め切りが近づいているので残業したかったけれど退社した。

毎回この時期になると思うのだけど、
残業しないとこなせない仕事を
子育てしてる女性にさせるのはどうなのだろう。
本人が望めば良いと思うが、私は望んでいない。
せめて、細々した仕事を他の人に分担してもらえないかと、上司に掛け合ったが

「忙しいのって一時的でしょ?毎日深夜残業してるわけじゃないよね?」

とスルーされてしまったガーン
上司もこれだからモチベーションの上げようがない。

帰宅してすぐに残っていたタミフルとビタミン剤を服用。
ごはんは夫が作ってすでに食べさせてくれていた。
お風呂を掃除して、お湯を張って、こどもたち2人で入るようにと伝えて、私は何も食べずにベッドにもぐりこんだ。

23時ごろ、胸の骨?がものすごく痛くて目が覚めた。痛みが強くなり悶えていて、動くこともできなくなった。
タイミングよく夫が見にきてくれたので、ゴミ箱とティッシュを取ってもらった。

夫が救急相談にかけたところ、救急車を呼んでくれと言われた。
私はまだ呼ぶレベルじゃないと思っていた。

ゴミ箱を抱えていたら、少し安心したのか吐き気がしてきた。ビタミン剤が胸につかえている感じがあったので、吐き出した。
スッキリした。
あー、救急車を呼ばなくて正解!

また眠りにつける。