診察室には島田くんと妻とその妻に抱かれた生後5ヶ月の息子が入った。
僕は診察室の前にあるベンチで待つ。何もする事がないので、中庭にある、
喫煙所でタバコを吸ったりする。僕は妹を連れここに来た時の事を鮮明に
思い出していた。
診察は島田くんに入院の必要があるかどうか、を判断してもらうために
行われる。しかし、ここに来た時点でそれはもう決まっている。
精神病院に来る、という行為は本人だけでなく、周囲の人間にとっても
相当な勇気と決断が必要だ。逆に言えば、それだけ具合が悪いから
決断した、と言える。ドタバタ劇には違いないが、僕らは決して
闇雲に入院を決めた訳じゃない。
妻は正常な頭で島田くんの言うことに向き合おうとしたと思う。しかし
それが噛み合ない。真剣に話を聞いても、唐突にとんねるずや明石家さんまが
登場してしまうおとぎ話に素人ができる対処法なんてない。
さらにクリニックの紹介状もある。紹介状とは言い方がマイルドだけど、
要は、もうすでに一人の心療内科医が「入院に必要あり」と診断した、と
いうことだ。
だから、ここで
「入院の必要ありませんよ」
なんて言われる事はない。それでもこの瞬間が一番悲しい。妹のときも
そうだった。
分かってはいるのだけれど、分かってはいたのだけれど、ここで現実を
はっきり突きつけられる。
「やっぱり入院か。やっぱり精神疾患か。本当におかしくなっちゃったんだ」
そう認識させられる瞬間だ。
妹が入院する際、母も妹も泣いていた。母だって入院させると頭では
決めていたのに、サインをするのを躊躇った。妹はその心にすがった。
島田くんの妻がどういう心境だったかは僕には分からない。
しかし40分ほど経って開いた診察室の扉の向こうで島田くんの妻は
泣きはらしていた。
島田くんは島田くんなりに妻に心配かけまいと
「大丈夫だよ。ただデトックスするだけだから。2〜3日ゆっくり休んで
帰るよ」
島田くんの気持ちも分からなくもないが、妻の悲しみが今の島田くんに
理解される事はない。
それだけまだ偏見が多いのかもしれないが、近親者が精神疾患で
入院するということの初体験はショッキングで重い。これが現実だ。
「ここからは病棟の面接室で入院のご説明をします」
明るく看護師の男性が言う。島田くんと僕らは閉鎖病棟へと向かった。