駒沢大学の島田くんの家から同じ世田谷区にある病院はさほど遠くはない。
「モンブランの万年筆を忘れた」
この男は若い頃、貧乏な時代から無駄にこだわりがある風だ。
世俗にまみれた僕からみたら、そのいちいち細かいところにこだわりを
見せる島田くんに格好良さを感じ、その趣味性に「いつか何かを
やりとげるなら島田くん」という雰囲気を醸し出していた。
しかしそれは全て島田くんなりに人生をかけて作り上げてきた見栄に
すぎない、ことが徐々に分かってきた。
こだわりのあるなしは生まれつきの指向かもしれないが、何にこだわるかは
この情報が満ちあふれた今、においては入れ食い状態、選びたい放題だ。
彼が本当に物書きであるならば、万年筆にもこだわりを見せるのも
納得できるが、そうではないので
釣りを始めるのにまず釣りキチ三平の麦わら帽子から買いあさる男と変わらない。
万年筆なんて村上春樹や島田雅彦がこだわればいい。
彼は本当に好きなミュージシャンをあげるなら?という質問に
僕の前では
「難しいなあ。強いてあげるなら、ニールヤングとルーリード
ですかねえ」
と思慮深そうに答えたが、妻が同じ質問を投げかけたとき
「あんまり答えたくないんだけど」
と前置きしながら
「ウルフルズとミスチルなんだ。でも人には言わないでほしいし、
あまり答えたくないから、この話はもうおしまい」
なぜウルフルズがダメでニールヤングはOKなのか?イマイチ理解に
苦しむがそれが彼なりの見栄なのだろう。
以前、伊東屋で豚毛のハケが欲しいと島田くんは妻に駄々をこねた。
消しゴムのかすをそれで片付けたいのだという。
「物を書くというのはセンシティブな作業だからモノには
こだわりたいんだよ!」
たいして書いてないのにこのこだわりである。何よりも妻が
必要ない、と感じたのは目の前の夫が万年筆にこだわり、先日、
買わされたばかりで、机の上にちっとも消しゴムのかすが
散らからないという事実だ。
このことを僕が知っている、ということを島田くんが知ったら
嫌だろうな、などと想像をめぐらすうちに車窓からファミリーレストランが
見えてくる。近所の小学生の間で「様子のおかしいレストラン」と
怖がられている都市伝説的なファミリーレストランだ。
精神病院はもう目の前だ。